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第1話
■都内某所 黒神会 会長 黒崎 芳秀 邸
「お疲れ様です!」
黒塗りのセダンから降り立った人物に、黒服が揃って体を九の字に折った。
居並ぶ男達は明らかに一般人ではなく、スポーツ選手のような屈強な体つきをしたものや、顔に大きな傷跡があるものもいる。
並の人間ならば裸足で逃げ出すような玄関までの花道を、男は恐縮するでもなく悠然と歩いていく。
一人一人をきちんと見、時折「この間の怪我は大丈夫か?」などと声をかけながら。
声をかけられた数人の強面は、気にかけてもらえていることに感激し、憧れの人物に出会ったかのように目を潤ませるのだった。
男の名は、黒崎征一郎 。
全国の暴力団の頂点に立ち、日本の裏社会を統べるとまで言われる黒神会会長黒崎芳秀のたった一人の息子であり、直参船神組の組長でもある。
胸が厚く、上背のある日本人離れした体格をフルオーダーメイドのスーツが引き立てる。風を切る甘さのない横顔は青年将校のように精悍で、どこか裏社会の似合わぬ清廉さを感じさせた。
「お疲れ様です」
征一郎が玄関で靴を脱ぐと、芳秀の側近の一人が頭を下げたのに「おう」と短く応える。
昔から知っている男だが、この魔窟で苦労しているのだろう。また髪に白いものが増えた気がする。
「会長は居間でお待ちです」
「わかった」
日本を牛耳る諸悪の根源の屋敷だが、要するに征一郎の実家だ。勝手知ったる長い廊下を目的地に向かって急いだ。
「よう、早かったじゃねえか」
開けた襖の向こう、日本刀の飾られた床の間を背に座る男は、いつものように人を喰ったような笑みを浮かべている。
この男が、その悠然とした笑みを崩したところは見たことがない。
ただ征一郎には、大概の人が『ムカつく笑み』と称するであろうニヤニヤが、フラットな表情か、楽しい事(悪事)を考えている時かの見分けはつく。
今は完全に企んでいる顔だ。いつものこととはいえ嫌な予感しかしない。
しかし嫌な予感がしようとも、スルーする、という選択肢を選ぶわけにはいかなかった。
拒否した分、別の人間が犠牲になるか、或いはより一層の困難が征一郎を襲うだけだからだ。
「あんたな、いいかげん緊急招集かけんのやめろ。こっちは他ならぬあんたの振ってくる仕事で忙しいんだ」
それでも一応迷惑であることを主張しようと文句を口にすると、ふと、くわえ煙草の芳秀の横に少年が座っているのが目に入り、新しい愛人かと眉を寄せた。
芳秀はこの嫌煙ムードのご時世に紙巻き煙草なんぞを愛用している、大層ヘビーでチェーンな愛煙家である。
征一郎も事務所などでは吸うが、動物と女子供の前、そして公共の場では完全禁煙だ。
こんなガキの前でずっとふかしてんじゃねえよ、と眉を寄せるが、そもそもこの少年が愛人だとしたら受動喫煙よりもそちらを咎めるのが先だろう。
……が、人間が人間のために作った法律も倫理観も、この男の前には精々プレイを盛り上げるための小道具程度のものでしかない。
両方とも言っても無駄……。
いらないツッコミは逆に不幸な人間を生み出すだけだということを身に染みてわかっている征一郎は、ひとまず黙殺することにした。
「……それで?」
平穏かつ可及的速やかにこの男の前を辞すべく話を促すと、芳秀は「こいつなんだが」と横に座る少年を示した。
「ちょっとホムンクルスを作ってみたからお前にやろうかと思って」
・・・・・・・・・・。
はあ?
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