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第8話

■車内 後部座席 『飼育方法は本人が分かってるからちびに聞け。お前より頭のいい仕様になってるから大丈夫だ』  去り際にかけられた言葉を反芻し、適当すぎるだろあのおっさん、と征一郎は頭を抱えた。  見た目が完全に人間なので生態も人と同じなのかと思っていたが、そんなことを言われたら逆に気になってしまう。  タマネギを与えてはいけないとか、高い場所を用意してやった方がいいとか、『ホムンクルス』とやらにとって理想的な環境というのがあるのだろうか。 「お前は……自分で飯食ったり風呂入ったり一人で生活できんのか?」  思わず問いかけると、ちびは窓から征一郎へと視線を移し、素直に「うん」と頷いた。  少年の大きな瞳には知性の色があり、こうして見る限り、一人にすることに問題はないように思えた。 「ならこの後は俺の部屋で好きなように過ごしてろ。俺は部屋に戻らねえ日もあるが、生活に必要なものは届けさせる」 「うん…………」  お前の服も、と続けようとして、ちびの表情がどんどん曇っていくのが分かり、言葉を止めた。  上機嫌だったにこにこ顔が、見る間に悲しげになって、瞳からは今にも落涙しそうだ。  一体何がそんなに地雷だったのかと征一郎は慌ててフォローをする。 「お…おい何でしょんぼりすんだよ。不自由しねえように近くに舎弟を待機させとくから」  ちびはふるふると首を振った。 「だ、大丈夫……おれ……、ちゃんと留守番できる……!」  明らかに大丈夫ではなさそうなのが気になったが、征一郎にも仕事がある。  住み慣れた場所を離れることに不安があるのかもしれないが、征一郎のもとにいたいというのであれば、不規則な帰宅には慣れてもらうしかない。  後ろ髪をひかれるような思いで、ちびを自宅に残し、本日の現場へと向かった。 ■都内某所 征一郎宅 「(くそ……あいつ一人で泣いたりしてねえだろうな)」  ちびのことが心配で仕事にならないため、いつもよりも早めに切り上げた征一郎は、急いた足取りでエントランスを横切り、エレベーターに乗り込んだ。  何かあればいつでも呼んでいいとちびには伝え、近くに篠崎を待機させておいたが、特に呼ばれるようなことはなかったし、様子を見に行った時も異常はなかったと報告を受けている。  それでも別れ際の心細そうな表情を思うと心配だった。  住人ほぼ全員が極道者の屋敷に住んでいたちびが、篠崎を怖がるというのは少し考えにくいとはいえ、素直そうな性格を鑑みるに、何かあっても遠慮をしてしまう可能性はある。  部屋に着き開錠すると、靴を脱ぐのももどかしく、明かりがついているリビングへと向かった。 「……あっ!お、お帰りなさい…!」  征一郎を迎えたちびの顔には、喜色と、そして大きな安堵があった。  ふと見えた彼の背後にあるダイニングテーブルには、料理らしきものが載っている。  二人分あるそれは、湯気や香りが立っていないことから、作りたてではないようだ。  征一郎のために夕食の用意をして待っていたのだと悟った瞬間、涙腺が崩壊した。  ちょこちょこと近くまで寄ってきたちびをぎゅっと抱きしめる。 「ッ………………ば………馬鹿野郎…っだから俺はいつ帰るかわかんねえって……言っ……」  一体いつから待っていたのかと思うと、涙が止まらない。  健気さにとことん弱い征一郎であった。

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