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第7話
■車内 後部座席
興味深そうに窓の外を眺める横顔を気にしながら、征一郎は一連の展開に頭痛を殺しきれずにいた。
■回想 黒崎芳秀邸 居間
先程。
小さな体を小脇に抱え、その装いについて「てめえ道を極めんにもほどがあんだろーがこの変態親父!」と縁側で呑気に茶をすすっている芳秀にカチコんだところ。
「ああ、そりゃおまえのシャツ(使用済み)だよ」
……という、ありえない返答をよこされ、征一郎は石像のように固まった。
「…………な……ん……、………何……だと……?」
さらさらと風化していきそうなところを何とかして踏みとどまり、聞き間違いであってほしいと問い返したが、父は無情だった。
「ちびをお前になじませるために舎弟をやって部屋から回収させたものだからな。ただのプレイじゃねえぞ」
さらりと、しかも『配慮している』とでも言いたげな言葉に、気が遠くなる。
異常な事態すぎてどこから怒ったり突っ込んだりしていいかわからない……。
「つまり………」
とりあえず、父親に使用済みのワイシャツを盗まれていたことなどは、スルーしようと決めた。
この男の言動を深く考えると正気度が下がる。
征一郎が今考えるべきは、いつの間にやら縁側にやってきた猫と戯れているちびのことである。
「あのシャツを与えられたせいで……そいつは俺に異様に懐いてるってことなのか?」
要点をまとめると、そうなる。
出来の悪い生徒を褒めるような表情で、芳秀は「まあそういうことになるな」と頷いた。
「専門的な話をしてもわかんねーだろうから省くが、本来なら創造主を主とするところを、そいつは後から主人を選ぶような仕様になってる」
「自分で選べる仕様になってんのに、そんなことしたら洗脳みてーなもんじゃねえか。俺じゃなくてもよかったってことだろ。何で本人に選ばせねえんだよ」
「そう思うか?それでもちびにとっちゃいまはそれが真実だ。もちろんそれを否定するのもお前の自由だが」
思わせぶりなことを呟いて、芳秀は懐からスマートフォンを取り出した。
「お前がいらねぇってんなら……まあ他に欲しがる変態は山ほどいるだろうなあ」
「な……」
不穏すぎる。
この男には倫理観や道徳心など一つも備わっていない。
面白いと思えば、それが例え征一郎だとしても、容赦なく地獄の底へ突き落すだろう。
そうして己へと向けられる負の感情こそが、黒崎芳秀の糧となるのだ。
「何、それでちびがどんな目に遭おうと、お前には何の責任もないから心配すんな。これはこれでいいシノギになりそうだ」
今度はやけにさわやかに(非常に胡散臭い)微笑まれ、征一郎は一刻の猶予もならないと感じた。
「早速心当たりに連絡を」
「足元見やがって外道親父が!行くぞちび!」
不本意ながら、殺すどころか逃げるようにして、実家を辞すことになったのだった。
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