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第14話

■都内某所 神導(しんどう)月華(げっか)邸 「じゃあそっちの件は、この人数でよろしくね」  長く細い指が、優雅に紙面を滑る。  征一郎の正面で微笑むのは、この世のものならざる美貌を持つ青年だ。  都心に突如として現れる、イギリスのカントリーハウスを模したこの屋敷の主である。  ダブルカフスのワイシャツを纏う細い身体を、ラバルドベストがボディラインを引き立てるように包み込む。襟元にはアスコットタイがあしらわれ、アンティークのチェアにゆったりと座る姿はまるで、生粋の貴族のようだ。  彼の名は、神導月華。  数年ではあるが実家で共に過ごした家族のような存在でもあり、征一郎の仕事上のパートナーでもある。 「資金の方はまた世話になるな」  毎度のやりとりに、月華は肩をすくめた。 「ま、そこはいつも通り、黒神会でのアウトサイダー同士持ちつ持たれつってことで」  互いに別の組を率いる身ではあるが、少数精鋭で資金を増やす月華と、人員と機動力のある征一郎、得意な部分で協力しあっている。  ちなみに、征一郎には黒神会の幹部でいられるだけの稼ぎはない。  月華が『征一郎の分』として上納しているのだが、それが前述の『世話になるな』に繋がる。  別に幹部でいる必要性も感じていないのだが、月に一度の幹部の『寄り合い』を嫌悪する月華が『あんなクズしかいない場所に僕を一人にするつもり?』と勝手に征一郎の分まで支払っているのだ。  現在、黒神会に流れ込む金の九割は月華が納めているものなので、征一郎の分など些細なものなのだろう。  本人曰く、『会社の経営はクリーンだし、納税もちゃんとしてるからヤクザじゃない』とのことだが、資金が悪の親玉に流れているのだから十分ヤクザである。  しかし指摘すると怒るので、黙って恩恵に預かることにしていた。  触らぬ神に祟りなし、沈黙は金、と念じながら、出されたティーカップを持ち上げる。  カップも茶葉も高価なものらしいが、よくわからねえなと思いながら口をつけると、「ところで」と月華が話題を変えてきた。 「小さい男の子を囲って、夜な夜なみずみずしいその柔肌に、野獣の如き牙を突き立てて貪り蹂躙しつくしてるって本当?」  ぶふぉっ  謎の官能小説風。  想像だにしない話題に、征一郎は香り高い紅茶を吹き出した。  すかさず、控えていた月華の片腕兼ボディーガード兼執事の土岐川(ときがわ)がテーブルを拭く。 「なんっ……だと……!?誰がそんな」  月華は咳き込む征一郎を「ほんとうなんだーやらしー」とニヤニヤしながらからかい、更なる爆弾を落とした。 「昨日会長と会ったときそう言ってたよ」  聞かなくとも、想像できた火元ではある。  自作ホムンクルスを征一郎に押し付けてきた張本人以外は、ちびを連れ帰ったことを知らないはずなのだから。  しかし、わかっていても憤らずにはいられなかった。 「あのおっさんは俺のスキャンダルを捏造したうえで組織内に垂れ流すとか何がしたいの!?」  組織に一つのメリットも感じられない。  苦悩する征一郎をよそに、月華は細い指で優雅にカップを傾けている。 「会長は征一郎のこと構うの大好きだからね。楽しいんじゃない?プレイの一種……そう、愛情表現だよ」 「心の底からいらねえんだよそんな愛……!」  あの父親には可及的速やかに滅んでほしい。  物理的に殺せそうもない上、寿命が人間と同じかどうかすらもわからないので望み薄だが。

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