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第15話
「で、どんな子なの?怖がったりしないでちゃんと征一郎になついてるの?ああ大丈夫このことは誰にも言わないから。教えてくれなかったら会長の言ってたことは誰かに話すかもだけど」
月華は興味津々という様子で矢継ぎ早に質問してくる。
配慮しているようでいて、さりげなく脅迫してくるあたり性質が悪い。
もっとも、ちびとの間には何もないので、様子を話すことに問題などないのだが。
「どんなって言われてもな……犬猫みてえなもんだ。怖がるどころか親父の陰謀で無駄に懐いてるし」
「まあ、征一郎はもともと動物と子供には好かれるもんね」
怖がって、征一郎のもとにはいきたくないと言ってくれるようであればこんなに苦労はしていない。
ちびが身近にいることが嫌なのではないが、彼が望むほどに構ってやれないことと、危険に巻き込む可能性はやはり気にかかる。
「何か人恋しいらしいんだよな。昨日も今日も俺がいねえと寂しいとか…………」
征一郎の脳裏に、今朝、出掛けに見たちびの心もとなさそうな表情がよみがえった。
昨日も今日も『大丈夫』と言ってはいたが、大丈夫感などなかった。
ひょっとして、一日中窓の外を見ていたりしていないだろうか。
玄関でずっと征一郎を待っていたりしたら?
『征一郎……』
ひたむきに見上げてくる黒目含有率の高い大きな瞳を思い出すと、いてもたってもいられなくなり、手元の紅茶を一気に飲み干した。
「……………………話も済んだし帰るわ」
「うん、またね~」
軽く手を振る月華のなまぬくい視線を黙殺し、征一郎は豪邸を辞した。
「ねえ、見た?征一郎のあの顔」
見送りに出て行った土岐川が戻るまでの間、カウチソファに移動した月華は、だらしなく寝そべりながら征一郎との会話を反芻していた。
くすくす、と笑う月華には答えず、土岐川は点々と脱ぎ散らかされたベストとアスコットタイを拾う。
土岐川が自分の世話を焼く姿を見るのが好きなので、わざと脱ぎ散らかすのだ。
土岐川もまた月華の面倒をみるのが好きだから何の問題もない。
「犬猫みたいって、つまり征一郎の優先順位的に女性より上ってことでしょ?」
過去に何人か恋人がいたのは知っているが、淡白なものだったと思う。
征一郎はあけっぴろげなようでいて、心の深い部分には誰も立ち入らせない用心深さがある。
公明正大な男だが、どんな相手にも平等に接するということは、特別に大切なものを持たないということでもあるのではないだろうか。
その征一郎に特別な存在ができた時にどうなるのか、というのは月華もかねてより興味があった。
ただ、本人もそれを恐れているのだろうが、それすなわちあの芳秀に対して致命的な弱点を持つということになるので、月華としてもフォローする部分が少ないほうが助かる部分もあり、いないならいないでいいかと思っていたのに。
「(ほんと……会長ってどれだけ征一郎に構いたいんだろ。キモッ)」
ホムンクルスなどと非現実的な存在まで作り出して。
人の姿をしているが人ではなく、人ではないが動物でもない、なんて対征一郎用の生物をよく考えたものだ。
詳細については月華も聞き出せなかったが、芳秀のことだ。ろくでもない目論見があるに決まっている。
征一郎は出来の悪い兄のような存在でもあり、一応(強調)月華の『守りたい仲間』の中に入っているので、悲しい結末は迎えてほしくない。
「僕も今度、征一郎の大事なホムンクルスちゃんに会いに行かなくっちゃ」
とりあえず今は、野次馬として。
月華は悪い顔でにんまりと唇の端を上げた。
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