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第17話
『僕も征一郎の子猫ちゃんに会いたいな』
先日仕事の話をするために会った月華が、別れ際唐突にこんなことを言い出したため、ちびの退屈しのぎくらいにはなるだろうかと思い、会わせてみることにした。
■都内某所 征一郎宅 玄関
「こんにちは、僕は神導月華。突然遊びに来ちゃってごめんね。これはほんのお土産」
顔を出すなり無駄に綺麗に微笑んだ月華は、征一郎にはよくわからないが有名なものであろう洋菓子店の袋をちびに手渡しながら「何だ今日は彼シャツじゃないんだ残念」などとのたまっている。
芳秀は一体どこまでちびのことを話したのか。
相対するちびは、客が来る、と伝えておいたせいか、月華の指摘したようにいつも着ている征一郎のシャツではなく、七分丈のボーダーTシャツに白いスキニーパンツというごくごく一般的な格好だ。
月華のキャラに少し驚いた様子ではあるものの、挨拶と土産の礼を丁寧に陳べている。
篠崎などとも物怖じせずに話をしているようだし、ちびの社交性は中々高い。
「数年前まで会長の屋敷に住んでたし征一郎とは十年以上の付き合いなんだ。だから征一郎のことは何でも聞いて?」
礼儀正しいちびを気に入ったらしい月華は、いきなり不穏である。
「おい、あんまりいらねえこと吹き込むなよ」
お天道様に顔向けできなくなるようなことをしてきた覚えはないが、月華のことだ。思いもよらない征一郎の情報を握っている可能性がある。
しばらく思案していたちびは何故かもじもじしながら「じゃ、じゃあ……」と切り出した。
「征一郎の恥ずかしい話を……」
それを聞いた月華はとても感心した様子で征一郎を振り返った。
「征一郎、この子…わかってるね…!」
……軽率にコラボらせたことを、今は後悔している。
■都内某所 征一郎宅 リビング
ちびは手際よく紅茶を淹れ、月華の持ってきた『お土産』のケーキをテーブルに並べた。
それを囲み各々ソファやクッションに落ち着くと、月華は再び口を開く。
「とは言ったものの、僕があの屋敷に住むようになったのは征一郎が十五の時だから、子供の頃のエピソードにはあんまり詳しくないんだけどね」
母というストッパーがいなくなってからは、芳秀が何かをやらかすたびに学校から家に呼び戻されたりしていたため、征一郎はグレる暇もなかった。
普通、親が学校に呼び出されるものではないだろうか。
ストッパーだったとはいえ、母もかなりブッ飛んだ性格をしていたので、我ながら達観したところのある子供だったと思う。
「恥ずかしいと言えば二歳年下の僕が勉強教えてたことくらい?僕のお陰で卒業できたんだから感謝してよね?」
月華はにやにやと絡んでくるが、卒業できないほど成績が悪かったわけでもない。(よかったほどでもないが)
「お前のヤマはドンピシャすぎて、テストの問題用紙を盗んだ疑いを頻繁にかけられたけどな」
「それは征一郎の日頃の行いの所為だよ」
「そりゃどういう意味だ」
本当に失礼な奴だ。
「征一郎のことは会長に聞くと嬉々として色々話してくれるんじゃないかな。あの人征一郎の毛穴の数まで知ってそうだから」
「笑えねえからやめろ」
あの男の場合本気で冗談にならない。
ゾッとしながら首を振ると、ちびはやけに真剣な表情でこたえた。
「芳秀さんに聞くのはちょっとフェアじゃない気がして…」
「紳士なんだねちび太……。確かに会長に聞くのはアカシックレコードを紐解くようなチート行為だと僕も思うよ」
しきりに感心する月華。
「……………………」
二人の気が合っていることをよかったと思うべきなのか、混ぜるな危険的なコラボレーションを実現させてしまったのかで悩む征一郎であった。
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