45 / 104

幕間4

 電話に出ると、挨拶もなしに意味不明な罵声が聞こえてきた。  相変わらず早朝から騒々しい奴だ。  咥え煙草の片頬がニヤリと歪む。 「五月蠅ぇ。何言ってんのかわかんねえぞ、征一郎」  五月蠅いのは、己の下で獣のような声を上げている女も同じだった。  金のない組が上納金代わりに寄越した女だ。  自分の息のかかった者がトップの寵愛を受ければ地位も安泰……などと考えたのだろうか。  己の汚い尻でも差し出した方が意外性という意味で芳秀の歓心を買えただろうに、残念なことだ。  残念な男の愛人だったらしい女は、芳秀をあの手この手で篭絡させようとしていたものの、行為が始まると十五分ももたずに陥落した。  気が強そうだったので少しは駆け引きができるかと思ったが、こちらもまた残念なことだ。  突っ込む穴に老若男女無機有機生死を問わない芳秀が、どちらかというと男の方を選んで抱くのには、より強い拒絶反応を得られるからという理由があった。  暴虐を尽くした先に向けられる負の感情こそが、黒崎芳秀の最高のごちそうなのである。  一晩中かわいがってやった、この女はもう普通の男では満足しないだろう。  壊れたこれを『食い足んねえからてめえの尻も貸せ』と言って返してやった時の引き攣った相手の表情を今は楽しみにするかと、興奮の一つも見えない表情で開ききった肉の孔を穿ち続けた。 「今度は血を吐いてるとかじゃなくて安らかなんだろ。ちったあ落ち着け」  だらしなく快楽を貪る品のない嬌声をBGMに、通話を続ける。  パニックになった征一郎の話は要領を得ないが、くれてやったホムンクルスが熱を出したようだ。  宥めつつも、予想通りの展開にニヤリとほくそ笑む。  征一郎には説明をしなかったが、ホムンクルスのエネルギーとは『陽の気』である。  『生命力』と言い換えれば平易な表現になるだろうか。  自らそれを作り出すことができないホムンクルスが物質界で『生きて』いくためには、外部からの『陽の気』の供給を必要とする。  征一郎は『陽の気』の塊のような男だ。  一方、ちびはあの通り体も小さく、創造した芳秀の想定以上に人ではなかった頃の能力も失われている。  小さい器に容量以上のものを注ぎ込めばどうなるか、子供にもわかることだろう。 『今更、突っ込んだらまずい仕様だったとかいうんじゃねえだろうな』 「あいつは愛玩用だからな。どっちかといえば突っ込まないとまずい仕様だろ」 『……本当だろうな』  低くした声に警戒が混じり、それこそ今更だろうと芳秀は笑ってしまう。  この息子は、本当に母親そっくりだ。  征一郎の母親、鷹乃もそうだった。  嫌なら関わらずに生きていくことを選択すればいいものを、何故かいつも近くにいて、クズだ外道だと罵っておきながらこの背中に体重を預けて寝はじめるような女だった。  母親よりは、征一郎の方が現実的だ。黒崎芳秀という男が、己の味方ではないことをよく知っている。  わかっているのに、時折信頼や甘えが混じってしまう。人の心は複雑だ。 「そのうち下がるだろ。苦しんでねえなら寝かしとけ」  注がれたエネルギーが多すぎて上手く代謝できていないだけのことだ。  食べすぎのようなものなので、消耗することで元に戻るだろう。  あとは、体内に直接体液を注ぎ込むことで、ちびは正式に征一郎を主とすることになった。  発熱は、そのあたりの変化も関係しているかもしれない。 「心配なら寄り合いの時にでも連れてこい。様子を見てやる」  陽の気の塊のような征一郎と、不出来なホムンクルスがいきつく先はどんなところか。  アンバランスさの生み出す混沌が、芳秀にとって最高のエンタメだ。  楽しい通話を終えた時には、BGMは止んでいた。  白目をむいて失禁する女から怒張したものを無造作に引き抜き、そのまま部屋を出て、控える若衆に「片付けておけ」と一言命じる。  そろそろ朝食の時間なのだ。  自分と娘の分を用意させて、新聞を読みながら相手が起きてくるのを待つ。  男性嫌いで、特に芳秀のことを蛇蝎のごとく嫌っている娘は、それでも何故か必ず朝には顔を出す。  食事を勧めると、いらないと言って出ていく。  そのやり取りが、朝の楽しみであった。  裏社会の実質トップに立つ芳秀を、あれほどまでに嫌悪をあらわにした表情で見てくる人間は他にいない。  かわいい子供たちをもって幸せだ、などと、本人たちが聞いたら怖気をふるうようなことを考えながら、鼻歌の一つも出てきそうな上機嫌な芳秀は、浴室の扉に手をかけた。

ともだちにシェアしよう!