62 / 104
第57話
征一郎のアニマルに対する愛というのは、小さいものを愛でるそれとは違うものである。
というのも、征一郎より強い生物というのはほぼ存在しないため、ほとんどのものは守るべき対象だからだ。
あるのは守るべき全生物への博愛、そして、喪失への恐怖。
人類最強の名をほしいままにした母親が呆気なく死んでいることとも関係しているだろう。
あれほどの猛者でも命を落とすのだ。自分より弱いものたちなど簡単に死んでしまう。
臆病で情が深い……、黒崎芳秀の作った最終兵器と噂される征一郎の、限られた人のみが知る内面である。
つまり、征一郎は赤ん坊や子猫に目尻を下げて甲高い赤ちゃん言葉で話しかけたりはしない。
征一郎にとって全ての生物とは、愛でる対象ではなく、肩を並べる対等な存在なのである。
だが、そんな征一郎でも目前の光景には少し『萌え』とか『尊い』とでも表現されるような何かを覚えた。
なんというか、きゅんとした。
柄じゃなさすぎて、そんなことを月華に話したら指を差して腹を抱えて爆笑されるだろう。笑いすぎて椅子から落ちるかもしれない。
その後蔑む瞳で「キモ」とか罵られたりするのだ。
月華にどう思われていようともそれほど気にならないが、いらないことを握られたくはない。なかったことにしよう。
わざとらしい咳払いで花畑になった空気を切り替える。
「征一郎、この子、この後どうするの?」
「あー…里親探しをしないとだな。まあ、猫なら親父の屋敷の方に預けとけばいいだろ」
屋敷には子猫の世話に慣れている者もたくさんいる。
最悪里親が見つからなくとも、あそこで暮らせばこの子猫もそれなりに豊かな生活ができるだろう。
「お屋敷のお庭、猫いっぱいいるもんね。芳秀さんって猫が好きなのかな?」
「好きだっつー話は本人から直接聞いたことはないが……犬がいたことはねえし、まあ好き……なんだろうな」
「使い魔……とか?」
「…………」
「…………」
何となくそれ以上は考えてはいけない気がした。
全猫が使い魔だったりしたら、姿を見るたびに何かを探られているのかと警戒してしまいそうだ。
「大きい猫もかわいいけど子猫もかわいいね」
屋敷の方でも猫と戯れている姿を見かけたが、どうやらちびは動物が好きなようで、撫でたりじゃらしたりなかなか上手く子猫の相手をしている。
その瞳には、柔らかい慈しみの色があった。
「……飼いてえのか?」
「え……………」
世話をする存在がいれば、征一郎がいてやれない間、少しでもちびの気が紛れるだろうか。
この際、征一郎の涙腺のことは置いておく。
ちびはしばらく考えていたが、その瞳にみるみるうちに涙がたまっていくのが見えてギョッとした。
えっと思ったときには、滝のように流れ出す。
「ど、どうした!?」
「せ……征一郎、おれのことっ……捨てないで……!」
「!?!?!?」
子猫と一緒に縋り付いてくるちびから、どうしてそうなったのかと話を聞くと、どうやら、ちびをそっちのけで猫ばかりかまう征一郎を想像してしまったらしい。
取り乱すちびを宥めているが、やけに周囲の視線が痛い。
別に何かをしたわけでもないのに、何故征一郎が無体を働いたみたいな空気になっているのか…。
ともだちにシェアしよう!