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第56話

「俺はさっき、転入生を囲む小学生みたいな絵面になるんじゃねえっつったな……?」  背景に夜叉を背負って凄めば、すんませんっした!と謝罪の声が揃う。  まあ、ちびも楽しかったということなので、「今後気を付けろ」の一言で夜叉をひっこめた。  黒崎家の身内に何かしてやろうという命知らずはいないとは思うが、いくら気はよくても、表社会に馴染めなかったごろつきどもなので、根本的に常識の欠けている奴は多い。  あまり気やすくさせず、一線を引いておくことは大切だろう。  ともあれ、今日のところは征一郎の仕事は終了だ。  ちびはどこか行きたいところがあるだろうか。  なければ、葛西あたりに聞けば面白い場所を知っていそうだが……。 「た……大変です!」  ちびに希望を聞こうとしたところで、たった今外を掃きに行った舎弟の一人が、走って戻ってきた。 「ああ?どーした」  慌てた様子を見て、カチコミかそれとも天変地異かと事務所内に緊張が走る。 「また誰かがうちの前に子猫を捨てていきました!」  まだカチコミの方がましだった。  征一郎の表情が怒りに染まる。 「クソ、どんな外道だ!おいカメラの画像確認しろ!絶対に身柄(ガラ)押さえる」 「はい!」  殺気立った空気の中、猫ちゃん、猫ちゃん、と頬を緩ませながら出て行った葛西が掌に包んで戻ってきたのは、生後十日も経っていないであろうほんの子猫だった。  猫は一度の出産で何匹か子供を産むが、一匹だけなのだろうか。そのあたりを考えると辛い結論に至ってしまいそうなので、今は考えないことにする。  防犯カメラには目深にキャップをかぶり、マスクをした人物が映っていたようだ。  こちらはデータを月華に送って、専門の部署でどこの誰だか解析をしてもらう。 「ったく最初は犬、その次はイグアナ、今回は猫か…」  指示を出し終えると、征一郎は嘆かわしい現状に深いため息をついた。 「どうも、うちがペットの引き取り先を真剣に探してくれるって噂が流れてるみたいですね」 「どんだけご近所になめられてんだうちは。全員生まれてきたことを後悔するような目に遭ってるって噂も流しとけ」 「通報されますよ」  苦笑した葛西の手の中で、子猫がミーミー言いながら、征一郎の方へと前足を伸ばしている。 「……いつものごとく征一郎さんの方に行きたいみたいですけど」  健気な姿にうぐっと詰まった。  親猫を探すように必死に鳴かれてしまうと、そのまま持って帰ってしまいそうになるので視界に入れてはいけない。  犬は見るだけで涙腺を破壊するので初手から近付かないようにしていたが、流石に相手の方が守備範囲外だろうと油断していたイグアナにも懐かれてしまい、引き取り先が見つかった時の別れは辛いものになった。  触ったら最後、と思い、征一郎が一瞬受け取るのをためらうと、 「あっ、おれ、触りたいです。だっこしていいですか?」  横からちびが手を挙げた。  ふっと視線を向けると、「任せて」という力強いアイコンタクトが返ってくる。  ちびは、征一郎の涙腺がアニマル絡みで簡単に決壊することを知っているので、どうやら助け舟を出してくれたようだ。 「んじゃ、ちー兄ィ、お願います」  葛西からおっかなびっくり子猫を受け取って、膝に乗せたちびは、子猫は初めて見たのか感動に目を輝かせた。  子猫は一瞬征一郎のことを忘れ、足場の悪い膝の上を探索しようとしてひっくり返ったりしている。 「わ……、すごく小さい…。毛がぽわぽわしてる……。爪、ちょっと痛い……」  興味深そうに動向を見守りながら、そっと持ち上げて、感触を確かめるように頬を寄せた。 「かわいいね……」  やばい何だこれ和む。  愛おしげに綻んだちびの笑顔と愛くるしい子猫の共演に、ぶわっと何かが咲き誇り事務所内が花畑になった。

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