60 / 104

第55話

 程なくして、茶菓子を買いに出ていた篠崎が客人を伴って戻ってきた。  本日の依頼主は杉遠組という、大きくはないが長く続く昔気質の任侠一家で、征一郎にもそれなりに好意的なお得意様である。  やってくるのはいつも若頭の加藤という男だ。  スキンヘッドのレスラー体型で目付きも鋭く、いかにもヤクザという風体で、道を歩けば大抵の人間は避けて通る。  だが、決して話の通じない男ではない。征一郎とは親子ほどの年の差があるが、軽んじるような態度をとられたことは一度もなかった。 「お疲れ様です!」  戸口に厳めしいスキンヘッドが現れると、事務所にいたものは揃って頭を下げる。  組の序列は杉遠が上なので、相手の役職が若頭であっても、征一郎もそれなりの礼を尽くさなくてはならない。  ふと見ると、リーゼントやアイパーに混じってちびも一緒に頭を下げている。  荒事とは一切縁のなさそうな細い肢体にカジュアルウェア。  明らかに毛色が違うため目立ったのだろう。加藤がちびに目を留め、聞いてきた。 「彼は?」 「親父から預かった…、弟のようなものです」  説明に、加藤は意外そうに細い目を見開く。  聞かれなければ紹介はしなかったが、殊更にちびの存在を隠す気もなかった。  弟と言ったのは、征一郎が個人的にそばに置いている少年、と見られるよりは、黒崎芳秀の身内とした方がくだらないちょっかいはかけられにくくなるからだ。  ちびは芳秀が作ったのだから、征一郎の弟のようなものというのも間違っていない。  『ようなもの』と濁すのは、確実な血の繋がりを匂わせてしまうと、担ぎ上げようという輩が現れかねないからである。  全世界全宇宙の穴という穴が愛人、と豪語する芳秀だ。隠し子や養い子が何人増えたところで誰も驚かない。  ただ、今更か、と思ったのだろう。今の今まで、芳秀の実子は長男である征一郎と、長女の茜の二人より増えることはなかったのだから。  納得したのか、加藤が視線を外したので、奥の商談用の部屋へと促した。  征一郎の姿がドアの向こうに消えるなり、ちびの頭上に影が差す。  見上げると、そこにはキラキラと瞳を輝かせるゴロツキたちが。 「それで、家での組長はどんな感じなんですか!?」 「ちー兄ィの好みのタイプは!?」 「二人は家で一体どんな会話を」 「あっお菓子ありますよ!あと近所のおばちゃんが作ってくれた漬物も」 「血液型と星座は?」  質問攻めにあい、驚いているちびを見ながら、葛西は「まあ、そうなるよなあ……」と苦笑した。  話を終え、加藤を見送るなり征一郎はちびのもとへと急いだ。  すぐに済むだろうと踏んでいたし、葛西や瑞江とは初対面ではないので任せてしまったが、壁一枚隔てた向こうでちびが寂しがったり怖がったりしていたらと気が気ではなかった。 「待たしちまって悪かったな。退屈しなかったか?」  ソファに座り、山盛りの菓子を前に茶をすすっていたちびは、戻ってきた征一郎を嬉しそうに迎え入れながら、フルフルと首を振った。 「ううん。みんなと色々お話ししてたから、楽しかった」 「みんなと話?」  征一郎の問いに答えたのはちびではなかった。 「そりゃもうちー兄ィの生年月日と血液型とか!」 「この占い見てくださいよ!俺と相性ピッタリなんですよ」 「身長体重座高胸囲胴囲視力握力好きな食べ物好みのブファッ」  征一郎は、浮かれている男達全員を満遍なく殴った。

ともだちにシェアしよう!