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第76話
■都内某所 征一郎宅 リビング
芳秀の屋敷でしばし猫と戯れた後、何となく帰るかという流れになり、我が家へと戻ってきた。
ちびが望むので共に風呂に入り、夕食を作り始めるにもまだ早い時間だったため、リビングのソファで二人、のんびりしている。
征一郎はメッセージアプリで葛西からの報告に指示を出し終えると、ビールを呷った。
隣のちびは膝に乗せたノートパソコンで何か調べ物をしている。
部屋にいるときは相変わらず征一郎のワイシャツを着用していることが多く、最近はひらひらする裾からのぞく生足や、ちらちら見える胸元を目の毒に感じるようになってきた。
計算ずくなのではと考えたくなるのは、男の身勝手な言い分だろうか。
それでも湯上り的ないい匂いをさせつつこんな無防備にぴったりとくっつかれていては、そしてそれが大切な相手なら、そんな気分になってしまうのが男というものだ。
「ちび」
「?」
いつものようにエネルギーは足りているかと訊ねようとして、やめる。
自分は今この少年に対して欲望を感じたのだから、それをちびのせいにするのは卑怯だ。
ビールの缶をテーブルに置き、その手で頬を撫でながら、見上げてくる瞳をのぞき込んで訊ねる。
「お前を、抱いてもいいか?」
「えっ…」
ちびは、大きな目が零れ落ちそうなほど見開いて、絶句した。
いつも全身で『征一郎と一緒にいたい』オーラを発しているちびである。
断られることは想定していなかった……と言ったら、傲慢に過ぎるだろうか。
「…………………」
「…………………」
二人の間に気まずい沈黙が流れ、征一郎は内心ものすごく焦った。
ちびは確か自分のことが好きだという話ではなかっただろうか?
もしや、勘違いなのか?
『好き』は『好き』でも『好感が持てる』の『好き』だったとか?
その場合……征一郎はピエロすぎるが、確かに恋人になりたいとかそういうことを言われたわけではないような。
心の中で滝のような汗をかく征一郎を、ちびは困惑した瞳で見上げている。
「で、でも、おれ、まだ足りてる、けど……?」
よし。勘違い以外の何物でもなかった。
「悪い……忘れてくれ」
酔っていたということにしておこう。
両親譲りの頑丈な(チートな?)体質なので、生まれてこの方どれほど飲んでも酔ったと感じたことはないけれども。
「征一郎?や、違……っ」
若干よろめきつつ、ソファを立ち上がろうとする征一郎を慌てた様子のちびが止める。
「気にすんな。恐らく酔ってただけだ」
「そ、そうじゃなくて……っ」
聞いてと訴えられて、気を遣わせてしまった事実も含め、辛い気持ちでちびに向き合った。
ノートパソコンをテーブルに置いたちびは、おずおずと征一郎を見上げる。
「あの……お、お腹減ってなくても、おれ……してもらってもいいの……?」
もしや、いつもの遠慮だったのだろうか。
「お前は、腹が減ってねえとそういう気分にならねえか?」
ちびは顔を赤くしてもげそうなほど首を横に振った。
「いつでもっ……してほしい……です……!」
なんだ脅かすなとほっとしながらも、いつまでもそんな遠慮をさせていてはいけないと胸に刻む。
いつまでも慎ましい少年に愛しく想っていることを教えるように、優しく小さな体を抱き寄せた。
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