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第79話

■車内  流れていく景色から、少しずつ高層建築が減っていく。  外界のことに疎いちびではあるが、自分を乗せた車が先程からずっと高速道路というところを走っているのはわかる。  運転席にいるのは、本日が初対面の相手だ。  ちびは、絶賛誘拐されている最中である。  朝、征一郎が出て行った後、押し入られ、さらわれた。  脅されたわけでも、乱暴をされたわけでもない。  どうやったのか動けなくなったところを、ひょいと持ち上げて運ばれて、車に乗せられて今に至っている。  男の態度はあまりにも堂々と、そして飄々としていて、……それは、ちびのよく知る人のことを連想させて、未だに動けないままだが恐怖心は感じていない。  ちびは、現在唯一自由になる口を動かした。 「あの……どこに向かっているんですか?」  男はこちらを見なかったので黙殺されるかと思ったが、すぐに答えは帰ってくる。 「奈良だ」 「奈良、ですか」  奈良とは。  東京から車でそれなりに時間がかかるはずだ。  この男は、なぜ自分をそんな場所に連れて行こうとしているのだろうか。  ちびは、出会い頭のやり取りにヒントはないかと数十分前のことを回想しはじめた。 ■都内某所 征一郎宅 リビング  朝、征一郎が出掛けていった後、ちびはソファでぼんやりとしていた。  やるべきことは色々とあるのだが、なんとなくふわふわとして、つい昨晩のことを思い返してしまう。  昨日は、征一郎から「抱きたい」と言ってくれて、かなり動揺したが、とても嬉しかった。  征一郎は……あれでよかったのだろうか?  征一郎がしたいと思った行為になっていただろうか?  毎度のことながら、征一郎に触ってもらうと、脳が溶けているのではないかと思うほどぐずぐずになってしまうので、翌日は自分ばかり楽しんだような気がして落ち込んでしまう。  それでも、朝の征一郎は優しかった。  信じられないことだが、征一郎は何らかの特別な想いを寄せてくれているようだ。  喜びと同時に不安も湧き上がる。  今まで、好かれようと必死で、その先のことなど考えていなかったから。  自分はどれくらい生きられるのだろう。  耐久年数の話は聞いたことがなくて、創造主である芳秀の気まぐれで突然消されてしまう可能性もあり、あの心の優しい人を悲しませてしまうようなことになったらという不安が新たに生まれてしまっていた。  やはり自分は征一郎の元へ来るべきではなかったかもしれないとまで考えて、はっとする。  何故、一人でいるとこうもネガティブな方へと傾いてしまうのだろう。  悩んで打開策が思いつくような事柄ならば兎も角、ただ不安を育てるだけならば考えても無駄だ。  非生産的なことはやめて無心に家事でもしようと決意したのと同時に、玄関の方で物音がして、「あれ?」と思う。  人の気配……?だが、征一郎ではない。  征一郎の部下も、勝手に入ってくるようなことはないので、まさか敵襲だろうか?  そう簡単に侵入できるほどセキュリティが甘いとは思えないのだが……。 「すまない、邪魔をする」  せめて隠れるべきかと立ち上がったが時すでに遅し、リビングのドアが開き、見知らぬ男性が現れた。  年の頃は三十代後半から四十代前半くらいだろうか?  すらりとした長身で、征一郎のような質量はないがその身体は一部の隙もなく鍛え上げられている。  こんな時だというのに、侵入者の端正な笑顔は爽やかで、ちびはぱしぱしと目を瞬いた。 「あ……あなたは……?」 「俺は久住(くずみ)凌真(りょうま)という。君の創造主である黒崎芳秀の、かなり遠いが親戚だ」 「えっ……芳秀さんに、親戚が……?」  不法侵入だとか、親戚という言葉の真偽を問うべきところが、『黒崎芳秀に親戚がいた説』という衝撃的すぎる内容に全てもっていかれる。  ちびの驚愕した様子を見て、久住は苦笑した。 「言いたいことはわかる。まあ、もう少し的確な表現をするなら、黒崎芳秀を産み落とした存在の遠い親戚、だな。質問には道中答えよう。今は時間がない。俺と一緒に来て欲しい」 「(な、に……動けない……っ)  体が竦んだとかそういうことではなく、唐突に全く体が動かなくなり、ちびは焦る。  恐らく、芳秀もたまに駆使している、何か呪術的な、ファンタジーな力だろう。  ジャンルが違いすぎる、と征一郎が知ったら頭を抱えそうだ。  ちびはどちらかというとそのファンタジー寄りのイキモノではあるが、今の肉体を得たときに、超自然的な力はほぼ失われた。  ……つまり、軽々担ぎ上げられても、対抗する術はなかったのである。

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