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第82話

 遠い目になった征一郎は、「お袋はともかくとして」と咳払いをして話を戻した。 「その氣ってのを整えることでこいつの体調をよくできるってんなら、いくらでも修行するから、やり方教えろ」 「もちろん構わないぞ。俺の頼みごとを片付けてくれたらな」 「……わかったよ。こいつを攫った理由を先に聞かせてくれ」  そう急くな、と苦笑した久住は茶筒から急須に茶葉を入れ、保温ポットから湯を注ぐ。  新緑色の満ちた三人分の湯呑みが卓上に並ぶと、一口すすり、久住は再び口を開いた。 「俺の趣味でやってる地下闘技場に、最近モンスターが棲みついて」  ようやく始まった話の冒頭で、征一郎は「おい」と机を叩く。 「ちょっ……と待て。モンスターって……強さ的な意味でだろうな」 「いや、文字通り異形の生き物だ」 「おかしいだろ!この間までもう少し普通の、極道ものっぽいまともな展開だっただろ!」 「ホムンクルスと暮らし始めた時点で今まで普通だと思っていた日常は思い込みだったと認めろ。そもそも、銃を脅威に感じないお前の強さは既にファンタジーだ」 「……………………」  白くなって黙り込んでしまった征一郎に、久住は容赦なく話を続ける。 「もちろん、腕に覚えのある奴らが出入りしている場所だからな、何人ものファイターが挑んだが、みんな返り討ちで食われてしまって。それで困っているわけだ。モンスターの出どころだけは大体想像がつくんだが……」 「……それを退治しろって?」 「お前にしかできないことだ。芳秀向けのエンタメ的な意味で」 「……………………………」  征一郎は、これ以上ないほど嫌そうに顔を歪めている。  ちびはそれを腕の中から不安な気持ちで見上げた。  芳秀のすることは災害と同じで避けることはできないので仕方ないとしても、被害を小さくするために努力できることは色々とあるはずだ。 「そんな危険なモンスターと……、久住さんも一緒に戦うんじゃだめなんですか?」  ちびには雰囲気でしか察することはできないが、久住も相当強そうだ。共闘すれば怖いものなどなさそうなのに。  懇願を受け、久住は細めた瞳で征一郎を見る。 「俺の助けが必要か?征一郎」  征一郎は、迷いもせずに首を横に振った。 「俺が一人で行くことに意味があるんだろ?ご期待に応えてやろうじゃねえか。心の底から対面したくねえが、そんな危ない奴野放しにしておけねえしな」 「そうか、助かるな」 「その代わり、俺が戦ってる間ちびのことを頼む」 「ああ。任せておけ」  請負った久住は、電話をかけてくると言って出て行った。  まだ不安な気持ちでいるちびの頭を、宥めるように大きな手が撫でる。 「さっさと倒してすぐ戻ってくるから、大人しく待ってろよ」 「うん……」 「俺はどうやらファンタジーなくらい強いらしいから、大丈夫だ」 「征一郎……、絶対に無理しないでね……!」  ひしと縋り付くと、征一郎は力強い腕で抱きしめてくれた。  どうか、征一郎が怪我の一つも負いませんように。  あと、どんな神様でもいいので芳秀さんには天罰を!

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