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第84話

 ここまで来てしまった以上やるしかないかと、征一郎は呼吸を整えた。  先程凌真が『氣』と呼んだ力は、征一郎も無意識に使っているものだ。  大地を流れる陽の気だかなんだかを利用しているらしいのだが、意図的にしているわけではない。  殴ろうと思うと、力が出る。その程度の感覚だ。  凌真は小難しい理屈を捏ね回すのが好きなようだが、征一郎としては目の前の敵を倒せればそれでいいわけで。  しかしちびの体調を回復できるのならば話は別だ。  この化物は可及的速やかに倒して、凌真からその話を聞かなくては。  それに、自分のいない間に凌真とちびがすごく仲良くなっていたらちょっと面白くない。  かかってこない征一郎を挑発するように異形が吼えた。  ドンッ、と地鳴りがして、無数の触手がコンクリートの床を突き破り、征一郎を取り囲むようにして迫る。 「おっ……」  巨体に似合わぬかなりのスピードだ。  だが、征一郎の動体視力と反応速度ならば全く問題にはならない。  地を蹴り、軽く飛び越えそのまま異形へと走り寄って渾身の一撃を……、  叩き込む、はずだったのだが。 「あぁ!?」  普段ならば平然と避けられたはずのそれらにあっさりと手足を捉えられ、宙吊りにされる。 「(っなん、だ?)」  ぬるぬると巻きつき、拘束している触手を振り払おうとしても、びくともしない。  そこでようやく気づく。  息を吸い込めば風が吹き込むように流れ込んでくるものがない。  件の『氣』とかそういうアレだ。  この感覚、例えるならば、ガス欠、弾切れ。中身のなくなったスプレー缶のようだ。  特に体の不調も感じていないというのに、一体、何故……。 『征一郎』  体が浮いた不安定な状態のまま困惑していると、リングに上がる前に付けさせられたインカムから凌真の声がする。 「凌真さん?今ちょっと取り込み中で」 『言い忘れていたが、ここには陽の気の流れを遮断する結界が張ってあるからな』  聞いてない。 「おい!?」 『芳秀が鷹乃捕獲用に作った術式だ。息子であるお前にもちゃんときいているようだな』  捕獲って何だ。俺の母親は野性動物か何かか。何をやっていたのかあの両親は。 「今だけオフにしておくとかできねえのかよ!」 『うちではチート禁止だ』 「チートって言われても……」  征一郎からすれば、生まれたときから使える力なので、身長が高いとか、リーチが長いとか、そういった類の格闘への適性くらいの感覚である。  まあ、つまり今の征一郎は、ちょっと強い普通の人というわけだ。  この化物と、己の力のみで戦えと。  …………。  今回の件、仕組んだのは芳秀かと思っていたが、師匠からの愛の鞭のような気もしてきた。 「熱っ!なんだ?」  じゅっと熱さを感じて視線を向ければ、体に絡みついている触手から蒸気のようなものが出ており、触れた場所から衣服が溶け始めている。  酸かとヒヤリとしたが、どうやら服の繊維を溶かすだけのものらしい。  いきなり骨にされるとかではなくてほっとしたものの、服をボロボロにされt精神的なダメージは大きい。 「てめえ、よくも俺のスーツを……、」  青筋を立ててもがくと、露出した素肌に粘液を纏った触手が次々と絡みついてきて、攻撃というにはやけにソフトに様々な箇所を擦っていく。  内腿をぬるりと這い上がられ、何かとてつもなく嫌な予感がしてきた。 「おい、凌真さん……。まさか、食うって」  勘違いであってくれと祈る。  だが、その答えは無情なものだった。 『ああ、無論性的な意味でだ。名だたるファイターたちも今やそいつの性奴隷と化した』  やっぱりそっちかー!  親父、戻ったら本ッ気で殺すからな!

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