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第85話
四肢を拘束され、ぬるつく触手に全身を這いまわられる不快感に眉を顰める。
この展開だと、分泌物に催淫効果くらいはありそうだ。
どちらにせよ征一郎は、両親讓りの一切薬物の効かない体質なのだが。
ファンタジー風に表現するならば、『全状態異常無効』といったところか。
おかげで酒にも酔えないことを寂しく思うこともあったが、今だけは凌真の言うところの『チート』に感謝である。
全力で抗っている間にも布面積は減り続けており、このままでは誰も喜ばないお色気シーンになってしまいそうだ。
触手が際どい場所へ差し掛かるたびに歓声が上がるが、観客は一体何を盛り上がっているのか。
悪趣味な俎板ショーでも鑑賞しているつもりか、中には羨望の眼差しで見ている者もいるようで、暗澹たる気持ちになる。
共感できない観戦者ばかりの観客席の上方、オーナー用のボックスシートにちびの姿が見えた。
この中でただ一人、征一郎の身を案じ心配に表情を曇らせている。
あいつに、あんな顔をさせとくわけにはいかねえ。
不測すぎる事態に動揺はしたが、そろそろ反撃に転じるかと気合いを入れ直した。
体表がぬるついているので、間接をはずすと手の方は拘束から抜け出すことができた。
普段ならば足を拘束させたまま反動をつけて後ろに飛び上がり、地面にその巨体をたたきつけてやるのだが、今はそれほどの力は出ない。
思い切り殴りつけ、緩んだ隙をついて脱出し、距離をとる。
再び捕らえようと伸びてくる無数の触手を都度払いながら、合間に何度か拳を叩き込んでみた。
案の定、あまり効いてはいないようだ。
征一郎の力が封じられているせいもあるが、そもそも打撃が効くタイプには見えない。
体力を削りあうような持久戦は、こちらの分が悪すぎるだろう。
弱点を見つけ、そこを叩くしかない。
嫌がるような素振りを見せる箇所でもないかとヒットアンドウェイを続けてるいと、うるさげに太い触手に払われた。
ノーモーションからの横薙ぎに反応できず派手に吹っ飛ばされ、背中から壁に突っ込む。
「ぐっ……」
衝撃。
受け身は取ったものの、ダメージがゼロというわけにわいかない。
「(やるじゃねえか)」
久しく感じたことのなかった歯応えに、自然と口角が上がる。
幼い頃から、征一郎と対等にやりあえる相手はいなかった。
両親と凌真の強さは圧倒的すぎて、他の相手は手加減が必要なくらい弱い。
『頑張れば勝てそうな強い奴』と戦った経験が少ない征一郎である。
その楽しさを見出すのがこんな謎の化け物を相手にしている今というのが少し切ないが、一応貴重な経験だ。
もっとも、楽しんでばかりもいられない。
相手の狙いは征一郎の体力を奪うことだ。時間が経つほど不利になる。
一番望ましいのは、この力を封じる術式とやらをなんとかすることだろう。
これに関して不思議なのは、実家にこの仕掛けはなかったことである。
母への嫌がらせが生き甲斐の芳秀だ。完璧なものだったら実家にも施されていたはず。
家を大破させながら日々芳秀と乱闘を繰り広げていた母鷹乃も、力を封じられている風に見えたことは一度もなかった。
つまり、それなりに容易に破る方法があるのだ。
ドンッ!
再び、揺れた地面から現れた無数の触手が征一郎を捕らえようと迫る。
取り囲まれる寸前に跳び逃れ、触手を踏みつけ走り出す。
目指すのは、化け物が現れたあの穴だ。
あそこは、恐らく。
『征一郎、』
化物の背後に回り込んだ意図に気付いたらしい凌真の声に微かに動揺が含まれていることに、征一郎はニヤリと唇の端をあげた。
まるで敵全逃亡を図ったように見えた闘士にブーイングが上がる。
だが、場外へと一歩踏み出した瞬間、吹き込んできたものに拳を握りしめた征一郎にはそんな雑音は聞こえていなかった。
「悪いな凌真さん。修繕費は親父に請求してくれ」
追ってきた化け物に、拳を思い切り振りかぶり、
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