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第87話

「あっちび、悪い、大丈夫か?なんか体に変調をきたしてねえか」 「うん、特に何もないよ?」  ついうっかりまとめて抱き締めてしまって焦ったが、ちびはけろりとしたもので、逆に心配そうに聞き返してくる。 「征一郎は、何か具合が悪くなったりしたの?」 「いや、俺は毒とか何も効かないからわかんねえが、服が溶けるくらいだから有毒かもしれないだろ」 「えっと……太郎が、今は大丈夫って」 「……お前こいつの言ってること分かるのか」  『今は』がとてつもなく気になるが、同じくらい聞きたくない気持ちもあるのでスルーした。 「太郎はおれたちの言ってることはわかってるから、イエスノーで会話できるよ」  ね、と視線を向けられた太郎は、うんうんと頷いてちびに同意をしている……ように見えた。  巨体が揺れると部屋がミシミシと音を立てて、崩落しないかと不安になる。  ただ確かに邪気は感じられず、見た目はアレでも、邪悪な存在ではないのかもしれない。  もっとも本当に危険な生き物ならば、凌真が野放しにしないだろうが。  そうだな、と凌真はひとつ咳払いをする。 「連れていってくれたらそれはそれで助かるが、その巨体は目立つからな。東京だと土地もないし、ここにいた方が太郎も安全だろう」 「お、…おう」  今更だが、太郎は決定でいいのか。  現在ちびと住んでいるマンションでは太郎には狭すぎて可哀想だし、ご近所の噂になることは間違いない。  自衛隊やNASAに追われる悲しい想像を現実にしないためには、凌真の申し出はありがたかった。 「それと……どうやら太郎は、人の陽の気がエネルギーらしい」 「それじゃ、」  ちびと同じ、ホムンクルスということなのか?  芳秀作であればちびと兄弟ということに。  征一郎の言外の問いかけに、凌真は、大きく頷いた。 「ああ、気を練ることのできる格闘家が好物というわけだ。ここならば飢えることもないから安心しろ」 「な、なるほど」  聞きたかったのはそこじゃねえんだが……。  さっきからやけに伸びた触手にまとわりつかれているのはそれでか。  ちび、切なげにこっちを見る必要は一切ねえからな。 ■奈良県某所 持慧院  シャワーを浴び、用意されていた服に着替えて再び持慧院へと戻ってきた。 「さ、洗いざらい話してもらおうか」  湯呑みが並んだところで、約束を果たしてもらうぞと凌真に迫る。 「あの戦いを経たお前にはもう、俺が教えたかったことの全てが身に付いているはずだ……」 「いや、なんか適当なこと言って説明省こうとすんなよ」  格闘ものにありがちな、一見無意味なことを修行と称してさせる師父的なネタはいらねえ。  ごく当たり前のツッコミを入れたつもりだったが、凌真はすっと目を細めた。 「『この世でもっとも慈悲深いことは、人間が脳裏にあるものすべてを関連づけずにいられることだろう』……とさる作家は言った。その鈍感さがなければ芳秀のそばで生きていくことはできなかったのだろうが、征一郎、お前はもう少し色々考えろ」 「つっても、大勢の観客の前で触手相手の俎板ショーの危機にさらされてたから、それどころじゃなかったんだよ」 「俎板……征一郎と触手のぬるぬる相撲……」  ちび、なんで不穏なことを呟いて顔を赤らめる。  出来の悪い弟子を見る目で、凌真は深いため息をつく。 「お前が普段大量の陽の気を吸い上げてることはよくわかっただろう。あのリング内での状態が、一般人の思い浮かべる『強いファイター』だ」 「チートだとかいう話はもう聞いたぞ」  回りくどいことを当て擦ると、凌真は手を伸ばし木製の小さな茶筒を座卓の中央に置いた。 「なら問題だが、この茶筒に一トンの茶葉を無理矢理詰め込んだらどうなる」 「壊れるだろ。……ってまさか」  茶筒がちび、茶葉が征一郎の陽気だとすると、恐ろしい例えだ。  過剰摂取が発熱の原因の一端であると推測はしていたが、犯人はお前だと指を差されたも同然である。 「一トンだとしても、加減ができるのならば少しずつ注いでいっぱいになったら横においておけばいい。……その辺りのコントロールができるように、太郎との戦いを仕込んだんだが」 「……………………」  自分の考えのなさに征一郎は絶句した。  気付けなかったのは自分が鈍いせいなのか。そんなに俺が悪いのか。  征一郎が黙り込んでしまうと、飲み干した湯呑みを置いた凌真は立ち上がった。 「腹が減っただろう。何か作るから食べていくといい」

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