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幕間10
■都内某所 某ビル 最上階のオフィス
「月華、お疲れさま!」
「思ったより遅かったな」
「お帰り月華」
「ただいま、みんな」
笑顔で迎えてくれる仲間たちの顔を見て、ああ、麗しの我が家……と表情が緩む。
もう戻れないと思っていた場所に、長い旅の末、ようやく帰りついたような気分だ。
月華のオフィスは、暗黒の夜明け団本部から車で十五分ほどの場所にある。
そう認識するとその近さが不本意極まりないが、都心のオフィスというと大体場所は限られてくるので仕方がない。
十三階建ての一階から三階には月華が手掛けたブランドのテナントが入っており、その上の階にそれぞれ入っているオフィスも全て月華の息のかかった会社で、当然土地も建物も月華の物だ。
外観も内装も洗練された機能美を兼ね備えた、自慢の『本社』である。
「総統どうだった?」
サロン兼デスクになっているスペースで定位置に座ると、その椅子の背にもたれるようにして、くりっとした瞳を輝かせワクワクする気持ちを隠そうともせずに聞いてくるのは、月華と同じ年の速水透だ。
切り揃えたショートボブ、所謂おかっぱにアシンメトリーな前髪がかかる。
ヒールの高い厚底の編み上げブーツに、機能性とは無縁のレースとベルトがあしらわれ大胆なカッティングの施されたゴシック調のスーツ。
ハットをかぶりポーズでもつければ、女性向けのアプリゲームにでてくるキャラクターのようだ。
これでいて優秀なインテリアデザイナーである。
月華の職場には本人の望まない制服は存在しない。
ちなみに、『総統』というのは透が勝手につけた九鬼のニックネームで、その九鬼がどうだったかといえば。
「地獄」
「デスヨネー」
「苦行だった……いっそ無能なら関わり合いにならずに済んだのに」
重いため息を吐き出すと、透はよしよしと月華の頭を撫でる。
「うんうん。でもいずみんのために頑張ったんだよね。たっつんも喜ぶよ」
『いずみん』とは、先の『吉野の弟』で、伊達唯純。『たっつん』とは征一郎の部下の一之江巽のことだ。
伊達が吉野姓ではないのは、今は吉野の家に囚われていたときとは別人として暮らしているからである。
吉野の家から唯純を切り離すことは月華が長らく画策してきたことで、その間に二人が出会い、想いを寄せ合うようになったのは友人として喜ぶべきことなのだが……。
「ていうか巽はさあ、どうして今も征一郎のところにいるのかな?」
重いため息再び。
二人が想いを寄せるようになった時点で、巽と月華の目的は一致していた。
家庭の事情から、学生の頃より征一郎が組長をしている船神組に出入りしていたとはいえ、事情を話せば征一郎は巽を手放すことを躊躇わなかっただろう。
「いずみんのことがなくても、たっつんは征一郎さんのことが好きだからじゃないかな?」
「僕よりあのゴリラの方が好きとかおかしいでしょ。僕の身辺にいる方が、唯純のそばにいられる可能性高いのに!」
「そこであっさり征一郎さんに退職届出さない義理堅さが、たっつんの素敵なところなんじゃないかな。まあ、たっつんは月華のドストライクだもんね。わかるよ。綺麗ないずみんと並べてここに置いておきたかったんだよね」
「本当に納得いかない」
「征一郎さんは天然の人たらしだから。カッシーなんか話題の九割は征一郎さんのことだよ?」
『カッシー』とは、征一郎の部下の葛西という男のことだ。
お気楽者同士、透と葛西はよく飲みに行くらしい。
「透の飲み友達をアレコレ言いたくはないけど、征一郎の部下は全員征一郎好きすぎでキモい」
征一郎の話題が九割の相手と飲んで、透は本当に楽しいのだろうか。
周りの人間からすれば、月華も二言目には征一郎の話題(文句や罵倒や根拠のない八つ当たり)なのだが、自分のことは遠い棚の上に放り投げて、月華は「まったく」と肩を竦めた。
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