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幕間11

「征一郎なんて、今やいたいけな少年を囲って鼻の下伸ばしてるただの変態だよ?ほんと犯罪者以外の何者でもないのに」  ぷりぷりしている月華のもとへ、ティーセットの乗ったトレイをもった城咲がやって来る。 「お前はあのちびっこに征一郎さんとられたみたいでヤキモチ焼いてるだ」  ヒュッ  ティーカップを置いた城咲の首に白刃が迫り、言葉は途切れた。 「ねえ、一。そういうおっさん的な下らない邪推しかできないから彼女ができないって何度言えばわかるの」  背後から黒い瘴気の漏れ出る不吉な笑顔と共に、真剣の刃先がギラッと光る。 「だから彼女はできないんじゃなくて作らないんだと言っ」 「月華が笑ってるうちに謝った方がいいよはじめちゃん」  たじろぎつつも懲りた様子のない城咲に苦笑した速水は、さりげなくティーポットを手に取り、月華と自分のカップに中身を注いだ。 「一は自分がなぜ女性と縁がないのかを少しは考えて……」 「月華」  刀を鞘に納めながらも尚、野暮な男を説教している途中で、つんと袖を引かれ振り返る。  呼んだのは、主要な傘下の会社の全システムを任せている八重崎木凪だ。  背は月華より頭一つ分以上小さく、折れてしまいそうな細すぎる肢体に白いフリルシャツを纏い、襟元には細いリボンタイ。その佇まいに現実感は一切なく、動いていて尚精巧に作られたドールのようだ。  ほとんど感情を映さないガラス玉のような美しい瞳が、月華をじっと見上げている。  常に無表情なせいか、その顔が月華と同じ作りだと気付くものは少ない。 「何、木凪?」  彼と月華の本当の関係を知るものは関係者の中でもごくわずかだ。  八重崎木凪は月華の遺伝子情報をもとに作られた、所謂クローンである。  ただし、まったく同じではない。  木凪は、最愛の妻を亡くし心の壊れてしまった月華の父が、もう一度彼女に会いたいと、秘密裏に作った研究施設で人工的に作られた。  作ろうとした妻本人の遺伝子情報ではないのは、研究を始めた時点で亡くなってから時が経っており、培養に使えるような素材が満足に残っていなかったことと、失敗が相次いだためだ。  そこで母親の面影を強く残す月華の遺伝子情報をいじって、月華の女性体のクローンを作ろうとしたものの、それもまた失敗に終わり、この木凪だけが、人として生まれてくることのできた唯一の成功例なのである。  このことについて、木凪に対しての拒否感やわだかまりなどは一切ない。  自分のコピー、つまりこの美しい顔をいつも見ることができるというのは、月華からすれば大変素晴らしいことだとは思うのだが。 「月華……怒ってばかりいると……般若顔がデフォルトになる……」  自分と同じ顔で、可愛くないことばかり言うのはなんとかならないのか。  不躾な物言いにこめかみをひくつかせながら、月華は反論を試みる。 「誰が般若顔だって?美しい僕にそんな差分はないよ」 「自分のことは自分で見えないもの……。そして人は……都合の悪いことを指摘されると……怒る……。残念なこと……」 「……………………………。ところで何か用だった?」  般若顔にしているのはお前だと怒りたい気持ちで一杯だったが、耐えた。  不自然な遺伝子操作の後遺症なのか、木凪は感情表現に乏しい。自分にないものなので興味深いらしく、相手をわざと怒らせて、反応を観察するのが彼の対人コミュニケーションだ。  悪意はないので相手にしなければいいのだが、月華は感じた不満はとりあえず口に出したいタイプなのである。  ただ、今日は疲れているので、いちいち突っかかるのはもう面倒臭い。  色々スルーして話の続きを促すと、木凪は素直に用件を口にした。 「さっきうちのシステムが謎のひょっとこに乗っ取られたけど復旧した報告……」  また奴か。  月華のこめかみにビシバシと青筋がたつ。 「謎っていうか犯人に心当たりがありすぎるんだけど!?ちょっとカチこんでくる!」  今にもツノの生えそうな、木凪の言うところの般若顔で、足音も荒く出ていく月華に土岐川が続いた。 「うーん……この分だと疲弊しきって、今日は直帰かな?『SHAKE THE FAKE』の空調のこと話たかったんだけど……」  急に静かになり、言葉ほど困った様子でもない速水がのんびりと頭をかく。 「全部……謎のひょっとこの……思惑通り……」 「……………………」  『謎のひょっとこ』と月華のやりとりを知る一堂は、月華が憤死しませんようにと祈るのだった。

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