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幕間15
「あー……今日は疲れた……」
風呂からあがりベッドに横たわると、土岐川がボディクリームを塗ってくれる。
愛する男の手で体中に触れられるのは、当たり前だが気持ちがいい。
リラックスしすぎて、ついうとうとしてしまいそうになる。
「……ん……きもちい……」
「今日はもう休むか?」
静かな問いかけに、睡魔に絡め取られそうになっていたところを引き戻された。
「なんだ。今日は珍しく夜に予定が入ってないのは、僕とイチャつきたかったからだと思ってたのに」
振り返り「寝ちゃっていいの?」と意味深な視線をなげかけたが、土岐川は照れも慌てもしない。
「このところ忙しかったから休養のためだ。お前は疲れがたまると食欲が落ちる」
「確かにしばらく忙しかったもんね」
真面目だなあと笑う。
月華は普段から食が細いのだが、城咲にこっそりと更に少なめにするよう伝えたのがばれているようだ。
食べるからには美味しいものでなくては嫌だが、食事を摂るという行為自体は正直面倒であまり好きではない。
紅茶とパンと茶菓子だけ食べて生きていけたらいいのに。
背中側は塗り終わり、仰向けになるように言われる。
正面から全裸を晒しても、土岐川は顔色一つ変えない。
月華の世話を焼いている時にこの男が欲望を見せたことは一度もなく、月華も裸身を晒すことに恥じらいはなかった。
気になるとしたら、そんな表面上のことではない。
「…ねえ、僕は今もちゃんと綺麗?」
土岐川は、月華のすることに口を挟まない。
もちろん、月華にとって不利益なことや危険なことには口を出す。
ただ、自分でもそんな事態にならないよう気を付けているので、何かを言われることは少ない。
だから、たまに少しだけ不安になる。
自分は、今も土岐川が忠誠を傾けるのに相応しい相手なのかと。
土岐川は迷いもせず、即答した。
「お前は出会った頃から、今もずっと綺麗なままだ」
いつもは無表情で、感情の欠片すら表に出さない男の瞳が、月華を語る時だけはきらきらと輝く。
「容姿だけじゃない、大切なものを守るという決意も。……お前はその存在全てが美しい」
土岐川と出会ったときのことは、ずっと忘れない。
父を殺した芳秀は、月華を自分の屋敷へと連れてきた。
何故、己が殺した男の息子をそばにおこうと思ったのか、あの男ときたら他人から向けられる負の感情が最高のご馳走なので、仇討ちをされることでも望んでいたのか、あるいは芳秀を恐れない月華を面白いと思ったのかもしれない。
芳秀は怖くなくとも、それまでたった一部屋が世界の全てだった月華には、外の世界は恐ろしかった。
それで怯えて誰かに縋れるほど弱くもなく、けれど抗うほどの気概もなく、ただ空虚で。
思考を停止しかけていたのは、日々過度のストレスにさらされていた月華の食は今よりも細く、運動不足で身体が相当弱っていたせいもあっただろう。
父はもういなくなり、月華は母の代わりに求められること以外に、自分の存在意義を見出せなかった。
その頃はまだ共依存などという言葉は知らなかったけれど、月華は確かに、誰かから強烈に求められることに安堵を感じていた。それが、一般的には虐待と呼ばれる行為で、自分に向けた執着ではなかったとしても。
それを一瞬で壊され、どうしていいかわからない。
真っ暗だった。
夜。眠ることができず、美しく整えられた日本庭園に裸足で降りてみた。
外の空気を吸ったのは約五年ぶりくらいか。
母が事故で亡くなったため、危ないからと外に出してもらえなくなったときに、それを悲しく思ったかどうか、もう思い出せない。
これからどうすればいいのかと、見上げた空には満月。
『綺麗だな』
突如後ろからかけられた声に、ぱっと振り返る。
視線の先、縁側に立っている声の主は、壁かなにかと勘違いしそうなくらい背の高い、端正な顔立ちの青年だった。
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