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32話
「もう、いいですか……そろそろ時間が……」
心の中で叫びながらも、視線は自然と逃げ道を探していた。左には壱哉さんの手がある。右に行けば、少しでも距離を取れるはずだ。
だが、その瞬間、彼の手が僕の腕を掴み、動きを封じた。
「え……」
また、彼の手によって僕の逃げ道は塞がれた。まるで、逃げることを許さないかのように。
心臓が激しく鼓動し、体が震える。なぜだろう。怖いはずなのに、胸は高鳴っていた。
僕は目を閉じたまま、呼吸を整えようとした。だけど、壱哉さんの顔がどんどん近づいてくるのが、肌に伝わる。耳元に彼の吐息がかかるたびに、全身が硬直した。
「……俺を好きになりそうで、不安か?」
その言葉に、胸が締め付けられるような感覚が走った。心臓が早鐘のように打ち鳴らし、体の奥底から熱いものが込み上げてくる。
『お前なんか、好きだと思ったことはない。』
その言葉が頭の中で反響し、痛みとともに自分の心を刺した。
だけど、今の僕にはそれを否定する力もなかった。体は勝手に震え、目を閉じたまま、ただ彼の吐息を感じていた。
「……離れてください……」
声は震え、かすれた。だけど、どうしても言わなきゃいけない気がした。
壱哉さんは静かに僕の顔を見つめていた。彼の瞳は、いつもと違う、少しだけ優しさを含んだような色をしている。
「……わかった」
彼は静かにそう言った後、ゆっくりと距離を取った。
僕はその瞬間、心の中でほっとした反面、胸の奥に残るざわつきを感じていた。逃げ出したい気持ちと、もう一度彼に惹かれてしまう自分の弱さ。
扉を開けて、慌てて部屋を出たときのことは覚えていない。ただ、夜の静寂の中で、鼓動だけが早く鳴り続けていた。
ドキッ…
ずっとしまいこんでいた感情を
忘れよう。そう決めていたこの、気持ちを
この人はいとも簡単に引き出してくる…
図々しいくらいに…僕の心に入り込んでくる。
『お前なんか、好きだと思ったことは無い。』
ドンッ
「ち、違いますから…
離れて…ください」
直接言われたわけじゃない。
だけど…もう、傷つきたくない。
こんな言葉、直接言われたら僕は…
「そうか」
「ぼ、僕帰ります…」
早く、ここを出なきゃ…
本能が僕をそう思わせた。
「俺専用だ」
「え…」
「その携帯は、俺専用だって言ってるだろ?
だから、他のやつの連絡先なんか入れるなよ。」
「あ、携帯…分かり、ました。そ、それじゃあ、失礼、します。」
扉を開けて、慌てて部屋を出たときのことは覚えていない。ただ、夜の静寂の中で、鼓動だけが早く鳴り続けていた。
その携帯は、俺専用だって言ってるだろ?
だから、他のやつの連絡先なんか入れるなよ。」
「け、携帯…分かり、ました。そ、それじゃあ、失礼、します。」
扉を開けて、慌てて部屋を出たときのことは覚えていない。ただ、夜の静寂の中で、鼓動だけが早く鳴り続けていた。
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