133 / 133

32話

「もう、いいですか……そろそろ時間が……」 心の中で叫びながらも、視線は自然と逃げ道を探していた。左には壱哉さんの手がある。右に行けば、少しでも距離を取れるはずだ。 だが、その瞬間、彼の手が僕の腕を掴み、動きを封じた。 「え……」 また、彼の手によって僕の逃げ道は塞がれた。まるで、逃げることを許さないかのように。 心臓が激しく鼓動し、体が震える。なぜだろう。怖いはずなのに、胸は高鳴っていた。 僕は目を閉じたまま、呼吸を整えようとした。だけど、壱哉さんの顔がどんどん近づいてくるのが、肌に伝わる。耳元に彼の吐息がかかるたびに、全身が硬直した。 「……俺を好きになりそうで、不安か?」 その言葉に、胸が締め付けられるような感覚が走った。心臓が早鐘のように打ち鳴らし、体の奥底から熱いものが込み上げてくる。 『お前なんか、好きだと思ったことはない。』 その言葉が頭の中で反響し、痛みとともに自分の心を刺した。 だけど、今の僕にはそれを否定する力もなかった。体は勝手に震え、目を閉じたまま、ただ彼の吐息を感じていた。 「……離れてください……」 声は震え、かすれた。だけど、どうしても言わなきゃいけない気がした。 壱哉さんは静かに僕の顔を見つめていた。彼の瞳は、いつもと違う、少しだけ優しさを含んだような色をしている。 「……わかった」 彼は静かにそう言った後、ゆっくりと距離を取った。 僕はその瞬間、心の中でほっとした反面、胸の奥に残るざわつきを感じていた。逃げ出したい気持ちと、もう一度彼に惹かれてしまう自分の弱さ。 扉を開けて、慌てて部屋を出たときのことは覚えていない。ただ、夜の静寂の中で、鼓動だけが早く鳴り続けていた。 ドキッ… ずっとしまいこんでいた感情を 忘れよう。そう決めていたこの、気持ちを この人はいとも簡単に引き出してくる… 図々しいくらいに…僕の心に入り込んでくる。 『お前なんか、好きだと思ったことは無い。』 ドンッ 「ち、違いますから… 離れて…ください」 直接言われたわけじゃない。 だけど…もう、傷つきたくない。 こんな言葉、直接言われたら僕は… 「そうか」 「ぼ、僕帰ります…」 早く、ここを出なきゃ… 本能が僕をそう思わせた。 「俺専用だ」 「え…」 「その携帯は、俺専用だって言ってるだろ? だから、他のやつの連絡先なんか入れるなよ。」 「あ、携帯…分かり、ました。そ、それじゃあ、失礼、します。」 扉を開けて、慌てて部屋を出たときのことは覚えていない。ただ、夜の静寂の中で、鼓動だけが早く鳴り続けていた。 その携帯は、俺専用だって言ってるだろ? だから、他のやつの連絡先なんか入れるなよ。」 「け、携帯…分かり、ました。そ、それじゃあ、失礼、します。」 扉を開けて、慌てて部屋を出たときのことは覚えていない。ただ、夜の静寂の中で、鼓動だけが早く鳴り続けていた。

ともだちにシェアしよう!