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2※
最悪だ。
最悪だ。
「ふ、ぅ……ッ」
「声聞かせろよ。あいつに抱かれてるときみてえに」
「だ、まれ……ッん、ぅ」
「そんな口の聞き方していいのか?」
徐に臀部を揉みしだかれ、逃れようとした腰がやつの下腹部と密着した。暗がりならまだこの男を意識せずに済む。そう思っていた俺が甘かった。
実際はどうだ、目の前の硬い胸板も、酒の匂いも、全部、あいつとは違う。
「っ、ん、ぅ……っ、ぁ、……クソ……ックソ……ッ」
下着の中に滑り込んでくるその手を今すぐにでも引き剥がしてやりたいのに、できない。ただ耐えることしかできないこの状況が何よりも屈辱だった。
直で尻たぶを鷲掴みされ、感触を楽しんでるのか人の顔見て喜んでるのか円を描くように左右の尻を揉まれ、奥歯を噛み締める。
「っ、こ、んなこと……いいだろ、やるんなら、さっさとしろ……っ」
「あ?お前は情緒ってもんを知らねえのか?それとも、性急なのがお好みか?」
「ん……っ、こ、こんなことしても……なにもなんないだろ、っ、ぅ、時間の、無駄だ……」
「俺はそうは思わねーけど?」
左右に尻の谷間を割られ、広がる自分の肛門の感触にひくりと喉が震えた。呼吸が浅くなる。シーフの一挙一動に全神経が集中してしまい何も考えられなくなる俺に気付いたのか、こちらを覗き込んだやつは笑うのだ。
「お前の反応を見てるのは楽しい」
「性悪野郎が……っ」
「ケツの穴ヒクつかせて何言っても説得力ねえんだわ、これが」
「っ、ん、ぅ……ッ!」
左右に割り広げられたアナルを別の指で撫でられ、堪らず腰が震える。先程まで勇者のものを挿入させられていたそこはまだ異物感が残ったままで、そんな場所をシーフに触られてる。そう考えただけで汗が止まらなかった。
「っ、ぅ、や……っ」
やめろ、と腰を引こうとするが、背後の壁にぶつかって逃れられない。それどころか腰ごと抱き寄せられ、再度やつの腕の中に抱かれるのだ。
指の腹で肛門の皺を撫でるように触れられ、それだけで下腹部の奥にぎゅっと力が入ってしまう。やつからは見えないはずなのに、その動きすらもシーフに伝わってると思ったら恥ずかしくて情けなくて仕方なかった。
「へ、んな触り方するな……っ」
「変な?例えば?」
「……っ、この野郎……っ」
「ちゃんと言わねえとわかんねーだろ。なあ」
横に広げられたと思ったら今度は尻から手を離され、縦に押し潰される。挿れてほしい、もっと奥を直接触ってほしい。なんて。死んでも言えない。言えないのに、そんな俺を見て楽しんでるのだろう。今度は直接入り口をすり、と触れられただけで腰がぶるりと震えた。
「ふ、ぅ……っ」
もっと、穴を掻き回して欲しい。太い指でぐちゃぐちゃに雑に腹の中を掻き回して、内壁を引っ掻いて、前立腺を潰して全身の毛穴が開くほどの強烈な快感がほしい。何も考えられなくなるほどめちゃくちゃにしてほしい。
目が眩む、汗が滲む。血迷った思考回路を制御することで精一杯だった。早くしろ。さっさとしろ、と目の前のやつを睨んだときだった。目があったやつは、噴き出すように笑う。そして。
「はは、なあ、お前気付いてる?……自分からケツ押し付けて来てんの」
え、と固まった瞬間だった。柔らかくなっていたそこに唾液を絡めた指を挿入させられた。
「くぅ……ぅ、んんぅ……ッ!」
不意を突かれ、開いた喉の奥から犬のような声が漏れてしまったことを恥じるのも束の間。臀部を鷲掴みされたまま更に奥へと一気に入り込んでくる骨太な指の感触に腰が揺れる。痒いところに手が届く手が届いたような、それは。
「柔らかくなってるな。そりゃ昼間っぱら交尾してるようなら当たり前か」
「ぅ、ん、……っ、ひぃ……っ!」
声を我慢したいのに、ぐちゃぐちゃと唾液を塗り込むように前立腺を指でこりこり押しつぶされればそれだけで頭が何も考えられなくなる。太く無骨な男らしい指に似合わず、的確に人のいいところを探り当てるのだ。指先が器用なのだと宣っていたシーフを思い出す。そのときの俺はただのアホガキで、特に気にしなかったのだが、今ならわかる。やつの言葉の意味が。
「腰、もう揺れてんじゃねえか。……こりゃ相当だな」
「っ、ちが」
「男なら何でもいいのか?……ちゅうちゅう吸い付いてくるぞ、あんたの中」
「ちが、これは……っ、ぁ、や……っ動く、なぁ……っ」
腹の中で響く濡れた下品な音は次第に激しさを増す。刺激されればされるほど突出するその凝りを愛撫されるだけで頭の奥がじんじんと痺れ、脳汁が溢れ出していくのだ。この感覚が、俺は嫌いだった。やつに抱かれたときから、気持ちよくなるほど脳細胞が死んでいって、自分が自分ではなくなるような気がして怖かった。
それでも、シーフは優しくない。動くなと言えば動くし、やめろと言えば更に執拗に責め立ててくる。
「っぅ、あ 、ひ……っ、ぃ、……や、ぁ、あっ、も、やめ、ろ……っ、やめてくれ、やめ……ッ」
「あー……いいわ、その声、その面。あのクソガキがこんな声出してると思うと堪んねえな……ッ」
「ん、ぅひ……ッ!」
頬を舐められ、当たり前のように唇を重ねられる。その間も腹の中を掻き回され、何も考えられなかった。
気持ちよくない。気持ちよくない。こんなの。気持ちよくない。繰り返す。そうしなければすぐにでも意識ごと持っていかれそうだったから。下着から頭出した性器から先走りが溢れた。
もう嫌だ、と頭を振れば、「おい、こっち向け」と顎を掴まれ顔を覗き込まれるのだ。
「っ、み、るな」
「ひでぇ顔だな……っ」
「舌、出せよ」と促され、思考力が低下していた俺は言われるがまま舌を出した。そして、絡め取られる。ぬるぬるとした舌同士が絡み合い、擦れ、粘膜をしゃぶられれば何も考えられなくなる。
「っ、ん……ふ、ぅ……ッ」
酒だ、全部酒のせいだ。こいつに飲まされた酒のせいで、おかしくなったんだ。
上と下を同時に掻き回され、ビリビリと腰に甘い電流が流れる。一人で立つことすら困難な俺を抱きかかえたシーフは、俺から舌を抜いて笑った。
「壁に手を着けよ」
「……っ」
「早く済ませたいんだろ?」
やつが何を言わんとしてるか理解できた。けれど。
ちゅぷ、と音を立てて引き抜かれる指に、お腹の中が寂しくなる。物足りないわけがない、そんなはずはない。認めたくはなかったが、実際、俺は引き抜かれたやつの指に少しでも物寂しさを感じてしまったのだ。これも、酒のせいだ。そう言い聞かせることでなんとか自我を保っていられた。
「早くしろ」と囁かれれば、ぞくりと体が反応してしまう。やつに背中を向け、目の前の壁に手を着いた。自然と腰を突き出すような格好になってしまう。自分がこれから何されるのか理解していた。嫌だ、あんなに嫌だったはずなのに。
今は一早くこの熱を収めてくれという気持ちの方が強かったのだ。
まるで悪夢のような時間だった。
犬のように付き出した下半身をがっちりと掴まれ、犯される。腕に力を入れるなんて器用な真似すらできない。ただ、体の中へと入ってくるそれは明らかにあいつのものではないのは確かで、エラ張った亀頭部分で柔らかくなった内壁を引っ掻かれればそれだけで脳髄が蕩けてしまいそうになるのだ。
「っ、ん、ぅぐ……っ、ふ……ッ!」
「っ、は……遊んでる割には、締りはいいんだな……ッ!鍛えてもらってるおかげか?」
「っ、だ、ま……れ……っ、ぇ、……っ!んんぅ!」
「んなケツ振って言われてもなぁ……っ、怖かねえっての……っ!」
「っひ、ぎ……っ!」
声を殺したいのに、最奥、その突き当りを亀頭で執拗に潰される都度声が漏れ、瞼の裏が点滅する。気持ちいいなんて認めたくない。認めたくないのに、強引に口を開かされるのだ。
「っ、ここ、好きなんだろ?さっきからイキっぱなしじゃねえか、だらしねえな」
「っ、ぅ、る、ひゃ……っ、ぉ゛、ぐ、やめ……っ!」
「何言ってるか聞こえねえなぁ?」
「ひ、ぎッ!ぃ、あ゛、動くなッ、ぅご、くなぁ……ッ!」
緩急つけて腰を動かされるたびに肉の潰れるような音が体の奥で、頭の中で響く。火花が散る。熱い。苦しい。痙攣が止まらない下腹部をシーフに支えられ、更に奥まで挿入しては奥を嬲るようにゆるく突かれれば自分のものとは思えない声が漏れた。それは最早喘ぎ声というよりも獣のそれだ。
恥ずかしいのに、その恥すら感じなくなっていく自分が怖かった。夜中、暗がりとは言えど気に入らない男に犯され、喜んでる自分が怖かった。
そんな俺を見て、やつは笑うのだ。
「……可愛いなぁ、お前」
「ん、ぐぷ、んんぅ……っ!」
「っ、は……っ、おい、もっと舌絡めろ」
「ふ、……ぅ、あ……っ」
考える頭すら残っていない。目の前の命令に従うことしかできない。こいつを喜ばせるためじゃない、魔王を殺すためだ。あいつの、ためだ。そう言い聞かせながら、目の前の大きな舌に自分の舌を絡めた。
更に体内で大きくなる性器を感じながら、俺は夢中になって舌を絡め合う。勃起した性器からは先走りが垂れるだけだ。痺れるような快感と熱に溶かされながら、俺は、その時確かに受け入れるだけの肉になっていた。
どれほどの時間が経ったのか、よく記憶がない。
気付けば俺は宿屋まで帰って来ていた。けれど、そこは俺の部屋ではない。
「よぉ、随分と寝てたな」
「……っ!」
「おいおい、そんなに警戒すんなよ。……俺たち仲間だろ?」
どの口で言っているのか。
ヘラヘラと笑いながら部屋に入ってきたシーフは、俺が眠っていたベッドに腰を掛けた。
「つうか、記憶はちゃんとあるんだな」
細められる目。伸びてきた指先に頬を撫でられ、全身がびくりと震えた。
記憶は、ある。酒を飲んだあと、夜通しこいつに何されていたのかもだ。
「……っ、約束は、守った」
「約束?……なんだっけ?」
「っ、お前……っ!」
「はは、そう怒んなよ。……そうだよな、勇者様のためにわざわざ身を呈してまで俺を繋ぎ止めようとしたんだもんなぁ?いじらしくて堪んねえわ」
楽しげに笑いながら、やつは流れるような仕草で俺の頬に口付けをするのだ。
その感触だけでも、昨夜の熱を呼び起こすには十分なもので。跳ね除けようとする俺の手首を掴み、やつはそのまま俺の手のひらに唇を押し付ける。
「これからも仲良くしていこうな、――」
名前を呼ばれ、思わず顔を上げたとき。扉がノックされた。
「……っ、帰る」
「あ、おい……」
待てよ、というやつの言うことを聞いてられなかった。こんなところ見られるのは我慢ならない。俺は全身の痛みを堪え、やつの部屋から出ようと扉を開いた。そして。
「あれ、お前……帰ってきてたのか?」
そこには、あいつが――勇者がいた。
内心ぎくりとしたが、今だけはあいつの顔を見たくない。
「酔っ払いを連れて帰っただけだ。……俺は部屋で休む。出発時間に起こしてくれ」
「ん……ああ、分かった」
何か言おうとする勇者を無視して、俺は自室へと逃げ帰った。シーフの部屋の方から二人の話す声が聞こえたが、それに聞き耳を立てる元気もなかった。
シーフのことだ、いい加減なやつだが利己に関することなら裏切らない。
……勇者に余計なことを言わないとは思うが、正直、生きた心地がしなかった。
元より立場のない俺だ、あいつにも戦力外と取られてる時点でこれ以上何も失うものはないのだが、それでもあいつの旅の邪魔にだけはなりたくない。
それから風呂に入り、勇者が起こしにくるまで眠ることになる。
今日はこの街のギルドからクエストを受注する日だ。俺は戦闘要員ではないのでやることなど限られてるのだが、それでも雑用としての役目くらいはちゃんと果たしたかった。実際はただの性欲の捌け口だとしてもだ、そうでもなきゃ本当に自分が腐っていくようで怖かったのだ。
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