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07

「おはよう。……昨夜は休めたか?」  朝起きて、他の連中が起き出す前にさっさと顔を洗って朝食を済ませようとしたが、間が悪かったようだ。  朝の鍛錬から戻ってきたらしい勇者は、食堂で朝食を食ってる俺を見るなり歩み寄ってくるのだ。  どんな顔をすればいいのかわからず、俺はやつの目を見れないまま「ああ」とだけ応えた。 「そうか。ならよかった。……夜、お前の様子を見に行ったら部屋にいなかったから心配してたんだ」 「……そうかよ」 「どこに行ってたんだ?」  単刀直入だった。  勇者の問い掛けに、俺は内心気が気でなかった。  こいつのことだ、俺の部屋周辺も探してるのだろう。下手に誤魔化すのは余計墓穴を掘ることになる。 「別に、どこだっていいだろ。……部屋に籠りっぱなしは性じゃないんだよ」 「……お前、そんなこと言ってもう体調は平気なのか?」 「ああ、問題ない」  言ってから、しまったと思った。  どういう意図で俺の体の調子を聞いたのか、まさかこのあとすぐこの前の続きをしろと言われるのではないか。そんな思考が過り、食べ物の味がしなくなる。  けれど、勇者の反応は俺の予想していたものと違った。 「……そうか。でもそうやって調子に乗るとまたぶり返すかもしれないだろ。大事を取って今日も休んでおけ」 「………………」 「……おい、聞いてるのか?」 「……問題ないと言ったんだ。俺はもう充分休息は取った」  胸の奥がチクチクと痛む。なんでこんなに不愉快なのか分からなかった。そのときは自分の気持ちを言語化することはできなかったが、今思えばやつにこうやって優しくされるのが余計嫌だったのだ。 「ご馳走さん」 「おい……」 「あれ、お前らもう飯かよ。今日は俺一番乗りだと思ったのに、早いな〜」  早くこの場から立ち去ろうとしたときだった。二階から降りてきたのはシーフと――魔道士だ。明らかに寝起きなシーフとは対象的に魔道士は既に身支度を済ませている。やつらの姿を見た瞬間、一気に血の気が引いた。  ――この場にいたくない。 「シーフ、メイジ。おはよう。……騎士はまだ寝てるのか?」 「さっき廊下ですれ違ったぞ。もうすぐ降りてくるんじゃないか?」 「そうか。こうして飯時に揃うのは久し振りだな」  何を呆けたことを言ってるのか。  冗談じゃない。こいつらの顔を見ながら飯なんて食えるか。そんな気持ちを抑えることはできなかった。そう降りてきた二人と入れ違うように二階へと上がろうとしたときだ。 「あれ。お前、もう戻んのかよ。勇者がこう言ってんだぜ、たまにはもうちょっと交流したらどうよ」  シーフの野郎が余計なことを言い出した。  階段下から魔道士と目が合う。ほんの一瞬、やつは確かに笑った。 「好きにさせてやれよ。俺だって朝飯は美味いほうがいいしな。それよりシーフ、お前二日酔いは大丈夫だったのか?」 「ああ、お陰様でな。いやー、お前の酔い止めは本当優秀だな」  助けてやったつもりなのか、すぐに興味なさそうにシーフをテーブルへと誘導する魔道士の背中を睨み、舌打ちをした。俺はそのままやつらを無視して二階の自室へと逃げた。  二階の廊下。丁度騎士が部屋から出て来ていたところだった。既に装備に着替えている。  そうか、今日もギルドに向かうのか。やつも俺に気付いたらしい。俺の姿を見るなりやつは会釈する。 「おはよう。……体調は如何か?」 「ああ、大丈夫だ。……昨日は悪かったな、何から何まで世話になった」 「いや、自分はただ言われたことをしただけのこと。……今日も休まれるのか?」 「勇者にはそう言われたがな。……正直これ以上部屋に籠もってるほうがまた気が滅入りそうだ」 「……それもそうだな」 「アンタたちはこれから出るんだろ?下で他の奴らが集まってたぞ、アンタも行ったらどうだ」  そう促したとき、騎士は妙な顔をしてこちらを見るのだ。なんだよ、と視線を向ければ、目が合う。 「……昨日の話をぶり返すようで悪い。貴殿がその、他の三名を快く思っていないという話だ。あれが、どうしても引っかかってだな」 「……それがどうした?」 「こうして話し掛けるのが貴殿にとって迷惑ではないか、気になったんだ」 「………………は」  思わず、笑ってしまいそうになった。  えらく神妙な顔をして切り出すのでなにかと思えばこの男、ここまで真面目だとは。 「……な、何故笑う……俺は真剣に……」 「いや、悪い。……呆気取られたんだ。確かに俺はあいつらは好きじゃないが、アンタは別だ」 「……っ、それは……」 「アンタは特別だよ、他のやつらと違う。……いい人だ」  幼い頃、住むところを失ったあの日から俺はあいつと二人で食いつなぐ為に色々してきた。ろくでもない人間に何度も騙されてきたし、痛い目だって見てきた。だからこそ、人を見る目には自信があった。この男は善人だ。見た目に似合わず繊細な気配りができる、心優しい男だ。  それが分かったからこそ、こんな風に言えたのかもしれない。 「俺はアンタみたいな人は嫌いじゃない」 「……っ、そ、そうか……それならよかった」  照れたように赤くなった騎士は破顔する。  そこまで恥ずかしがられると俺まで恥ずかしいこと言ったのかと照れてしまいそうになるが、本音だった。  この男がいなければ耐えられない部分は大きい。 「だから、余計なことを気にする必要はない」そう言おうとしたときだった。  騎士の目が、俺の背後に向けられた。 「――勇者殿」  その騎士の言葉に、息を飲む。冷たい汗が背筋に流れた。  いつの間にいたのか、階段から上がってきた勇者は俺を見ていた。  見たことのない目でただじっと、こちらを見ていたのだ。

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