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07
どれほど時間が経ったのかわからない。けれどすぐに自分が気を失ったということに気付いた。
気付けば俺はベッドの上にいた。
体を起こそうとして、体が動かないことに気付く。意識はあるのに、首から下が鉛のように重いのだ。
「お前、とうとうやっちゃったのか」
頭上、聞こえてきたのは聞き覚えのある声だった。軽薄で、にやついたような声――メイジだ。
「なんで、お前が……」
「勇者サマからのご命令だ。……お前が逃げないようにしておけって。思うように体が動かないだろ」
背筋が凍るようだった。
全部悪い夢だと思いたかった。けれど、間違いなくこの感覚は現実だ。
ベッドに腰を掛けたメイジは笑いかけてくる。
憐れむような目で俺を見て微笑むのだ。
「っ今すぐ解け、早く……っ」
「嫌だ」
「……っ、なんで……」
「お前が嫌がると思ったから」
あっけらかんと言ってのける目の前の男にカッと頭に血が登る。殴りかかりたいのに肝心の体はぴくりともしないのだ。
「……ッこの、クソ野郎……!」
「おいおい、お前自分の立場わかってんのか?……寧ろここは俺にお願いしないとだめだろ、『助けてください、メイジ様』って」
「……ッ」
「お前も気付いてるんだろ?……あいつ本気だったぞ、あんなにお前を宝物みたいに扱ってたのに俺にこんなこと頼むんだもんな」
「その宝物に俺がなにするかもわからないで」いや、わかってて敢えてなのか?
そうクスクスと笑いながらメイジの指が頬に触れる。その感触にびくりと体が反応するのだ。
「ああ、感覚器は残してる。……感じないとお前もつまらないだろ?」
「っ、触るな……っ」
「じゃあ俺から麻痺直しでも奪ってみるか?これを一舐めすりゃお前の中の麻痺毒は綺麗さっぱり消えるだろうな」
そう、小瓶を取り出したメイジは笑う。
中でとろりと揺れる透明な液体に「あ」と目を開いた次の瞬間、口を開いたメイジはそれを自ら飲み始めたのだ。
絶句する俺の前、メイジは「ほら」と舌を出す。
「要らないのか?麻痺直し」
顎を掴まれ、顔を寄せられる。挑発するようにべ、と更に舌を突き出し嗤うメイジ。
この男は俺に舌を絡めろと言ってるのだろう。怒りで顔が熱くなる。
「早くしないとなくなるぞ」
「それとも、このままあいつに好き勝手するのを待つのか?」顎の下を撫でられ、言葉も出なかった。屈辱だった。けれど、メイジの言うことも間違いではないだろう。
あいつのことを信じていたかった。けれど現実はどうだ、あいつの言葉も行動も破綻してる。まともに話し合って通じるとは思えなかった。
本気なのだろう。もう入ってないはずの下腹部に鈍い痛みが走る。
「……っ、目、閉じろよ」
「お前は俺に命令できる立場じゃないよな」
「……っ、クソが……ッ」
もう、どうでもいい。半ばヤケクソだった。舌を突き出し、ちょんとメイジの舌に触れた。瞬間、顎を掴まれたままメイジの舌がぬるりと絡み付いてくるのだ。
「っ、ん゛……ッ!ぅ、や、め……ッ、ふ……ぅ……ッ!」
「……っは……本当、可愛いやつ」
「っ、ぅ……ッ!ん、ぅ〜〜……ッ!
ぢゅ、ぢゅる、と唾液ごと舌を吸われ、開いた唇の隙間捩じ込まれる舌に喉奥まで犯される。
麻痺直しが聞いてるのか指先は動くが、覆い被さってくるメイジに押さえつけられた上半身はびくともしない。
どさくさに紛れて胸を撫でられ体が固まる。「やめろ」とメイジの手を剥がそうとするが、軽く胸の突起を撫でられただけで頭の中でどろりとしたものが溢れ出すのだ。
「っ、ん、……ぅ……ッ!」
「……っ、だから言っただろ。俺とさっさとここを出ていけばよかったって」
「っ、だ、まれ……っ、この……んんっ、ぅ、や……めろ……ッ!」
「なあ、あいつになに言ったんだ?……あんなに怒らせるなんてよっぽどだぞ」
「……っ、お前に、関係ない……ッぁ……!」
ぐに、と服の上から乳頭を潰され堪らず仰け反る体。メイジから逃げようとするがやつは意図も容易く俺を捕まえるのだ。そして、「関係ない、なあ?」とつまらなさそうに唇を尖らせる。
「心外だな。……俺は少しはお前と仲良くなれたと思ったんだがな」
「自惚れるな、この……っ、ぉ、や、めろッ、触るな……ッ!」
「またここに淫毒流し込むか?」
「……ッ!ゃ、めろ、も……あれは……ッ」
「それで、なんて言ったんだ?」
有無を言わせない圧に俺は何も言えなかった。
こいつに言ったところでどうにもならない、助けを求めるなんて以ての外だ。そう思うが、こんなくだらないことであんな苦しい毒を流し込まれるのは余計癪だった。
「……ッこのパーティーから、抜けるって言ったんだよ」
本当のことを口にしたとき、メイジの目が僅かに開いた。そして、面白そうに「へえ」と笑うのだ。
「驚いた。お前、あんなに弱ってた勇者サマにそんなこと言ったのか。そりゃお前を閉じ込めろとも言うわけだな」
「っ、言っただろ、離れろよ……ッ!」
「そう嫌うなよ」
「ぅ、ぁ……っ」
服越しに胸を撫でるやつの指に体が跳ね上がる。「メイジ」とその手を掴んだとき、やつは耳元で笑うのだ。
「そう可愛い顔をするなよ。……この調子なら俺の代わりにあいつがお前のことを可愛がってくれるだろうしな」
「っ、それって……」
「ま、暫くはちゃんと動けないフリしとけよ」
どういう意味だ、と顔を上げたときだった。扉がノックされる。
「寝た振りしとけ」
そう耳打ちされる言葉。
咄嗟にメイジから手を離し、言われた通りにすれば扉が開く音が聞こえてきた。
「メイジ、済んだか」
「ああ、暫くは大丈夫だろうな」
聞こえてきたのは勇者の声だった。心臓が跳ね上がる。今すぐにでもどういうつもりか問い詰めたかったが、メイジの言葉を思い出しそれをぐっと堪えた。
「それにしてもせっかくの雑用なのに動けなくするなんて本末転倒じゃないか?」
「……お前には関係ない」
「おお、怖い怖い。……ま、いいや。そろそろ行くんだろ?用意するから少し待ってろ」
「ああ」
瞼を閉じた向こう側、何が起きてるのかわからなかったが明らかに勇者の気配が近付いてくるのだ。その代わり、メイジが部屋を出ていったのだろう。息が詰まりそうだった。
目を冷ませばあいつがいる。わかっていても、起きることを躊躇った。
恐らくメイジは勇者がいない間に逃げろとでも言ってるのか、あいつが何を考えてるのかわからない。けれど、今動けば全部バレてしまう。そんなプレッシャーに余計体が岩のように固くなるのだ。
「……スレイヴ」
名前を呼ばれ、反応しそうになる。
それをぐっと堪え無視したとき、唇になにかが触れた。指……だろうか、ふに、と確かめるように撫でられる唇に、先程メイジとのキスを思い出して戦慄した。気取られないだろうか、必死にやり過ごそうとしたときだ。
「っ、ん……」
キスされている、と気づいた瞬間押し退けそうになった。堪えないと、今はまだ、まずい。そう心を必死に殺し、唇の薄皮の上舐るように触れる濡れた熱い舌の感触にじっと耐えた。
濡れた音が響く。暑い吐息が吹きかかる。口を閉じていたいのに、こじ開けられた口を閉じることもできなかった。
「っ、スレイヴ……」
ベッドが軋む。硬く窄められた舌先に歯列をなぞられ堪らず顔を逸らしそうになった瞬間、「勇者サマ、行くぞー」と扉の外からメイジの声が響いたのだ。そこでようやくあいつは唇を舐め、そのまま俺を解放してくれた。
「すぐ行く」とそのままあいつが部屋を出ていくのを確認し、二人の足音が遠ざかるのを聞いて俺はベッドから起き上がり、唇を拭った。
「……っ、なんなんだよ……クソ……」
心臓が今になって煩くて仕方なかった。
窓の外から宿屋の入り口を確認した。あいつらが出ていくのを見て、俺はベッドを降りる。そして扉を開けようとしたとき、ドアノブが動かないことに気付いた。
「っ、な……」
扉には魔法が掛けられている。
それも、強い魔法だ。扉を壊そうとするがびくともしない。慌てて窓が開かないか確認するが、こちらも同様がっちりとハマったままだ。割ろうとしてもまるで鋼のようにびくともしないのだ。
メイジ、ではない。……恐らく勇者の仕業だろう。あいつは魔法も剣術も両方共得意としていた。これくらいの魔術は使えるだろう。
「くそ……ッ、あいつ……」
メイジが裏切ることを想定していたのか、それとも俺の麻痺が解かれることを想定してのことなのか。外からあいつが帰ってこの扉が開くまで待つしかない。その事実に気づいた瞬間ただ目の前が真っ暗になった。
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