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09
隠してなんかない、そう言いたいのに勇者の気迫に気圧され言葉を失う。
こいつに隠し通せるとは思ってなかった、それでも知られるわけにはいかない。
「……っ、いい加減にしろよ、なんなんだよお前さっきから……」
おかしいだろ、と言い返す。けれど、勇者の目は変わらない。俺を疑う目だ。
「以前のお前なら即座に本当になにもないなら否定しただろ、あんなやつと一緒にするなって」
「そんなのお前の思い込みだ」
「じゃあなんで俺の目を見ない」
「っ、お前がめちゃくちゃだからだよ!」
勘付かれてはならない、この男にだけは。
そうあいつの手を振り払おうとするが、離れない。それどころか胸倉を掴まれ、鼻先にぐっと勇者の顔が迫る。まずい、と思ったとき。
階段の方から足音が聞こえてきた。誰かが来たのだ。誰だっていい。とにかくこの状況から逃れたかった俺は勇者の腕を払い除け、部屋から飛び出そうと扉を開いた。蹴破る勢いで扉から出ていこうとしたとき、追いかけて来たあいつにすぐ腕を掴まれた。
やめろ、離せ、と。そう振り払おうとするが手首を掴む腕はびくともしない。それどころか勇者は無視して俺の体を通路の壁に押し付けた。
「ッ、この……」
目の前の男を思いっきり引き離そうとするが力は緩まるどころか一層強くなる。近付いてくる足音、まずいここじゃ見つかる。そう思ったときだった。顎を掴まれ、唇を塞がれる。
「ん゛ぅ……ッ?!」
誰か来る、そう血の気が引いて思いっきり勇者の胸を殴るがあいつはびくともしない。それどころか更に俺の動きを封じるかのように唇を深く塞ぐのだ。
やめろ、ふざけるな、とうとういかれたのか。ギチギチと痛む手首を動かすこともできない。濡れた舌に唇を割り開かれそうになったときだった。
「――勇者殿、こんなところに……………………」
……ああ、嘘だろ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。
階段を登ってやってきたナイトと、確かに目があったのだ。勇者の腕の中、抱き締められた俺を見て固まったナイトに俺は全身から熱が失せていくのを感じた。
やめろ、こいつの前で変なことをするな。そう思うのに、勇者はわざと見せつけるように更に深く唇を重ね舌を絡めるのだ。
「っ、ふ、……ぅ……ッ!」
これは違う、と言うこともできない。こんなことろ見られたくもない。
俺は思いっきりあいつの舌に歯を立てたのだ。
がりっと肉に食い込む感触が歯から伝わり、すぐに口の中に血の味が広がる。ほんの一瞬、確かに勇者の隙きが出来たのだ。俺は思いっきり目の前の勇者を蹴り、離れた瞬間その隙間を縫って逃げるように階段を降りた。
「っ、スレイヴ……っ!」
「スレイヴ殿!」
二人の声が聞こえたが止まることなんてできなかった。とにかくこの場にいたくない。パニックになっていたと自分でもわかっていた。階段を降りて宿屋から出ていこうとしたとき、背後からいきなり腕を掴まれた。
勇者が追いかけて来たのだと震え上がったとき、「スレイヴ殿」と名前を呼ばれ、はっとする。
「っ、ナイト……」
「……ここじゃ勇者殿も来るだろう、場所を変えても構わないか」
なんで、どうして。そう混乱し、固まる俺の背中をナイトは押すのだ。ナイトの顔を見ることもろくにできなかったが、それでもナイトの手を振り払うことまでできなかった。
そのまま俺たちは宿を出る。
会話なんてあるわけではない、道中奇妙な沈黙が続く。ゆく宛もなかった、きっとナイトも勢いで出たはいいが行く先に迷ってるのだろう。賑やかなこの都市では静かになれる場所を探す方が難しい。俺はまるで死刑囚のような気持ちだった。
ナイトにあんなところを見られて軽蔑されたかもしれない。
シーフやメイジはまだいい、あいつに軽蔑されたところで痛くも痒くもないからだ。けれど、こいつは、この男は――。
「スレイヴ殿」
「……ッ!」
「確か貴殿は甘いものは平気だったな」
「……あ、あぁ……」
そう頷いたときだ、ローブ姿の店員からなにかを受け取ったナイトはそれをそのまま俺に手渡した。それは飲み物のようだ。女子供が喜びそうな色鮮やかにデコレーションされたお菓子のようなドリンクに驚く。
「ずっと歩きっぱなしで疲れただろう、……すまないな、この辺りは土地勘がないためまだどこになにがあるか把握しきれていない。詫びというわけではないが、飲んでくれ」
「なんで……」
「俺がそうしたいと思ったからだ」
「それだけでは不服だろうか」そう、申し訳なさそうにナイトは項垂れる。
ああ、と思った。俺を励ましてるつもりなのか、言いたいことを言わないナイトに腹の奥底にじわりと嫌なものが溢れる。優しくされるのが今は余計辛かった。
「っ、アンタは、……言いたいことがあるんじゃないのか。俺に……っ」
「…………ああ」
「なら、言えばいいだろ。なんで、こんな……っ」
「あれは、本位ではなかったのだろう」
「……ッ」
「貴殿を見れば分かる。……それに、もしそうでなくとも俺は貴殿の後を追った」
「……ッ、ナイト……」
「他人の色恋に口を出すつもりはなかったが……貴殿を一人にしてはいけない気がした」
「何故だが無性にな」そう口にするナイトの眼差しは優しく、そしてどこか憐憫を孕んでいる。
俺は……自分がとても恥ずかしい生き物のように思えて耐えられなかった。ナイトにだけは知られたくなかった、見られたくなかった。怖かったからだ、嫌われることが。軽蔑されるのが。
……けれど今は、それでも尚俺に優しくしてくれるナイトの気遣いが針のように突き刺さり、息苦しくなる。
「お、れは……っ」
俺は。ナイトといるときだけは気が楽だった、あいつらみたいに変なことしてこないし、ちゃんと一人の人間として接してくれるから。
でも今は、同情するようなその態度が苦しくて、そんな自分が情けなくて無性に腹立って――自分でも感じたことのない感覚に戸惑う。
じわりと目頭が熱くなる。こんなことで、口づけされてるところを見られたくらいで泣くな。まるで想い人に振られた女子のような――……。
「っ、スレイヴ殿……っ」
堪えきれず、ぼろ、と溜まった涙が溢れたときだった。ナイトに抱き締められた。勇者とは違う、けれど力強く、それでも俺に負担がかからないようにしっかりと回された鍛えられた腕。
「ナイト……俺……っ、違う、こんな……っ」
「ああ、大丈夫だ。……俺は何も見てない、だから安心しろ」
「……ッ、ふ、ぅ……ぐ……ッ」
道中、賑わう露店通りのど真ん中。
冷やかすような声が野次が飛んでくるが気にならなかった。子供みたいに泣くことが恥ずかしかった、それなのにこの男に抱き締められると子供に戻ったみたいに自分を偽れなくなるのだ。
宥められるように背中を撫でられる。流れ込んでくるナイトの脈動と心音が混ざり合い、心地良かった。
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