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 俺を傷つけることになっても。  それは俺を助けようとしてくれたからじゃないのか。見捨てずに残ってくれて、その代償として抱いたのではなかったのか。  頭の中がぐちゃぐちゃになる。思考が定まらない。 「だけど、それはお前は……俺を見捨てなかったってことだ。……そうだろ?」 「……スレイヴ殿」 「それでいいだろ、じゃあ……っ俺はあんたに対して怒ってないし、あんたは俺と同じ被害者だ。あんたが気負う必要は……――っ」  ない、そう言いかけた矢先だった。  ぐっ、と強い力で腕を惹かれた。ぽすりとナイトの胸にしがみつくような形になり、顔を上げればすぐ鼻先。ぶつかりそうな距離に迫るナイトの顔に思わず息を飲んだときだった。 「……俺は、貴殿に伝えないといけないことがある」  耳に落ちるその低い声。いつもなら落ち着いていたその低音が、今はただ不安を掻き立てられた。 「俺は、貴殿のことが好きだ」 「……っ、な、に……言ってんだいきなり」  知っている単語なのにまるで知らない言葉のようにすら聞こえ、狼狽えた。 「貴殿の真っ直ぐな目も、人知れず日々弛まぬ努力をするその姿も……豆が潰れ、固くなったこの指も、全部、愛しいと思っている。貴殿の幸せのためならなんでもしたいと――そう考えていた」  まるで、愛の告白だ。何故、それをこの男に自分がされているのかわからない。けれどこちらを見下ろすその目に嘘偽りもない。だからこそ余計に困惑した。触れられた指がただ焼けるように熱い。  視線も、声も、吐息も、何もかもが皮膚を焼くようだった。 「……元より、伝えるつもりはなかった。貴殿が幸せになれるのならば黙っておこうと、誰にも知られぬまま墓場まで持っていくつもりだった」 「な……に言ってんだよ、お前……」 「スレイヴ殿……っ、俺は……メイジ殿の言う通りだ。所詮己の欲望を抑制することもできない卑怯な男だ」  まるで胸を貫かれたような、そんな悲痛なナイトの言葉に俺は何も考えられなかった。 「……っお前が言ってる意味が分からない、なんだよ、卑怯とか……っ……」  好きとか、と言い掛けて体を抱き締められた。  ナイトの体温に包み込まれる。硬い筋肉に覆われた腕を背中に回され、息が止まりそうになった。  ドクドクと流れ込んでくる鼓動はナイトのものだろう。今にも破裂しそうな鼓動に思わず息を飲んだとき。顎先に触れるナイトの硬い指にそのまま顎を持ち上げられる。 「……っ、な……」  ナイト、と呼ぼうとしたときだった。  唇を塞がれる。それはキスと呼ぶにはあまりにも優しいものだった。 「っ、ナイト……お前……っ、ん、ぅ」  なんで、どうして。頭が真っ白になった。それでも、スレイヴ殿、と吐息混じり名前を呼ばれればどうしても昨夜の熱が蘇り正常ではいられなくなる。  二度目の口付けをされ、唇は離れた。それでも、顎を掴む手は離れないままでいた。 「っ、スレイヴ殿……恐らく俺はまた、貴殿を傷付けることになる。だから――」  ――だから、突き放してくれ。  自分のことを信じないでくれ。あの男たちとなんら変わりないケダモノだと忌み嫌ってくれ。そうしなければ、耐えられない。  ナイトの吐き出した言葉が呪いのように降り注ぐのだ。

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