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07

「なあ、ナイト。こいつに優しくしてたのも全部最初から下心だったんだろ?」 「それは……ッ」 「違う、なんて言い切れるのか?微塵も下心がないやつがあんな場で興奮するわけないよな、可哀想な可哀想なこいつを見て」  メイジの手が肩に伸び、そのまま抱き寄せられそうになる。振り払おうと思えば、できた。  けれど、俺は言葉に詰まるナイトを見て何も考えることが出来なかった。 「お前のため、勇者サマの脅しっていう大義名分もあったんだ。堂々とこいつを抱けて羨ましい限りだよな」 「っ、……」  これ以上、聞きたくなかった。  好き勝手言う背後の男にもムカついたが、それ以上に好き勝手言われても黙ってるナイトがムカついたのだ。一度頭に来たら耐えられなかった。俺は背後のメイジを無理矢理押し退け、睨んだ。 「黙れよ……っ、メイジ、お前にナイトのこと悪く言う資格はないだろ……っ!」 「悪くも何も、本当のことだって言ってるだろ」 「お前の言葉なんか信じれるか、人の頭弄って……っ、勝手なことばかりしたくせに……!」  耐えられなかった。まるでナイトだけが一方的に悪く言われることに。  掴みかかりそうになる俺を、ナイトに止められる。 「スレイヴ殿……っ、もういい」 「……っ、ナイト」 「……メイジ殿、悪いが暫く席を外してくれないか。……約束は守る」  ナイトの口から出た約束という単語に引っ掛かるが、メイジは何も言わない。いつもの癪に障る薄ら笑いもない。 「ああ、そうかよ。……精々毒にも薬にもならないような言葉で慰め合ってればいい」 「どうせもう逃げられないんだからな」そう、メイジは吐き捨てるように続け踵を返すのだ。  普段からいけ好かないやつだが、今回ばかりは明確な悪意を感じた。それは普段俺に向けるようなものではない、そして向けられたのはナイトだ。  ――なんであいつが不機嫌になるんだ。  理解できない。それに、ナイトもナイトだ。 「……っ、どうして止めたんだよ」  あのとき、一発くらい殴ったってバチは当たらなかったはずだ。  けれど、ナイトは俺の顔を見ようともしないまま言葉を探していた。 「っ、ナイト……」  そう、問い詰めようとしたときだった。  遠くから足音が聞こえてきた。  もしイロアスのやつだったら、と思うと厄介だった。通路の前、ナイトに腕を掴まれる。 「ここでは目立つ。……話なら中で聞く」 「……っ」 「…………無理にとは、言わない」  俺が何を考えたのか理解したのだろう。  ナイトはそう手を離すのだ。俺は離れる手を掴んだ。ナイトの瞳の奥が一瞬揺れ動いた。  そして、ナイトはそれ以上は何も言わずに俺を部屋へと招き入れたのだ。  部屋の中は簡素だった。  昨日の今日連れてこられたのだ、無理もない。  静かに背後の扉が閉まる。  薄暗い部屋の中、どうしても寝具しかないこの部屋では昨夜のことが生々しく蘇ってしまう。それを振り払い、俺は目の前のナイトを見上げた。 「ナイト」と名前を呼べば、やつはようやく俺を見たのだ。  久し振りにナイトの顔を見た気がするのはきっと今が正気だからそう感じるのかもしれない。恐ろしいほど心の中は凪いでいた。 「……っ、悪かった」  そう、ナイトに頭を下げればナイトはぎょっとした。 「っ、スレイヴ殿……?」 「あんたには助けてもらったのに、こんなことになったのは俺の責任だ。……悪かった、巻き込んでしまって」 「何を……言ってるんだ、貴殿のせいではない……ッ!」  珍しく声を荒げるナイトに鼓膜が震える。  それでも、俺には分かっていた。 「違う、俺のせいだ。……メイジのやつはああ言っていたが、あのとき確かに俺は正気じゃなかった。それに、あんただってそうだ」 「……っ、それは……」 「だから、昨夜のことは全部……忘れてくれ」  思い出すことすら脳が拒む。あれだけの醜態を晒しておいてすぐに忘れろというのは無理な話だろう。それでも、ナイトのせいではないということだけは伝えたかった。  この男は全部自分のせいだと思い込み兼ねない。それだけは耐えられなかった。 「……貴殿は、強いな」 「俺の方が余程女々しい」そう、小さく呟くナイトの表情は苦しげだった。  褒められているというよりも、憐れむようなその目に違和感を覚えた。 「……メイジ殿の言った通りだ」 「だから、それはあいつの妙な魔法で……」 「……ッ違う」 「違うのだ……スレイヴ殿」手を掴まれ、思わず息を飲んだ。大きな掌に包み込むように重ねられれば、昨夜とはまた違う形で体温が流れてきて一瞬体が強張った。 「……ナイト……?」 「あのとき、貴殿を置いて出ていくこともできた。……けれど、それだけは絶対に出来なかった」 「それは……」 「貴殿があのまま他の男に抱かれるくらいなら俺が抱いた方がましだと思ったからだ」 「……それがスレイヴ殿を傷付けると分かっててもだ」そう、静かに告げられるナイトの言葉をすぐに飲み込むことが出来なかった。

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