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~不可解な夢の中の出来事~
* * *
すぐ近くから、波の音が聞こえてくる。
ぼくには、分かっている____これは夢の中だ。
「んっ……また、この変な……夢____」
横たわる体を何とか起こして辺りを見回してみると、そこにはエメラルド色で透き通った綺麗な海原が広がっている。
ぼくが訝しげな表情を浮かべて、独り言を呟いても誰も責める訳もなく、ただ波の音が聞こえてくるばかり。
最近、こんなエメラルド色の海に四方八方囲まれて横たわった状態で始まる夢を必ず見てしまう。
しかも、これから何が起こるのかも――ぼくには分かりきっているのだ。
ザッ____
ザッ……ザザッ____
砂浜を急いで走っている足音が聞こえてきて、ぼくの目にソレが飛び込んでくる。
目玉に黒い数字が浮かんでいる赤目の白ウサギ。真っ直ぐにピンと立っている耳じゃなくて、へたりと垂れている両耳が特徴的だ。
そしてソレは呆然と佇むばかりのぼくに向かって、必ずこう言うのだ。
『チェルシャ、ああ……チェルシャ大変だ、大変だ!!アイリスを見なかったかい?アイリスがいない、アイリスがいない……大変だ、大変だ……アイリスを早く見つけなきゃ!!女王がお怒りだ……女王の兵士に首をはねられちまう……急がなきゃ、急がなきゃ。いずれ、オレの目ん玉が12の数字を刻んじまう……そしたら女王の兵士に首をはねられちまう!!ああ……っ……でも女王のお遊戯の時間だ。城に戻らなくちゃ……ちくしょう』
そう吐き捨てて、人間みたいに二足歩行する赤目の白ウサギはぽっかりと丸い穴が空いている腹を引っ掻く真似をしながら、文字通り脱兎の如く【女王の城】がある方向(おそらくだけれど)へと走り去っていく。
と、ここまでだ____。
夢は、必ず赤目の白ウサギに出会って訳の分からない言葉を喚かれてソレが脱兎の如く【女王の城】へと走り去っていく場面で終わりを向かえるのだ。
あとは、視界がテレビの砂嵐みたいに白黒になって――それで、それで____どうなるんだっけ?
「き……金髪の……男の子が……っ____」
と、何故か目から涙を流しつつ右手を空に向かって伸ばした状態でハッキリと目を覚ました。
そう、金髪の男の子が……ぼくに向かって愉快げに何かを伝えようとしているのだけれど、まったく分からない。
それに、何故こんな不可解な夢を見るようになったかということも分からない。
分かっていることは、このままベッドの中にいるままじゃダメだってことだ。
今日は火曜日____。
学校がある日なのだから____。
「ジンジャー……いい加減、起きなさい!!学校に行く日なのよ」
ほら、来た____。
生まれながらにして西洋人であるパパと違って、日本人であるママの杏奈は時間にとても厳しい。
今も、目くじらたてながら階段を昇ってきているに違いない。
学校に行くのは、とても憂鬱だったけれどママに怒られるのはもっと嫌だから慌ててベッドから出て簡単に支度をし終えた。
今は、ぼくが精神的に不安定なママを支えなくちゃならないんだから――勉強もお家のことも色々と頑張らなくちゃ。
ふと、窓へ目を向けてみる。
外にはさっきまで見ていた不可解な夢と同じように海原が広がっていて、船がたくさん船着き場にあるし仕事に励む船頭さんやら漁師さんやらで賑やかな様子なのが見てとれる。
ただ、違うのは――不可解な夢の中の海はエメラルド色____。
今、ぼくの目に映る海は汚く濁りきった灰色の海____。
無意識のうちに、ため息をついちゃったけれど、それでも前に住んでた【都会】よりは大分いい。
ここには、クラクションがうるさくて吐き出す排気ガスのせいで息苦しさを感じる【車】もない。
それに、パパのことでやたらに構ってくるありがた迷惑な【クラスメイト】もいない。
「ジンジャー、あら起きてるじゃない。外でクルスさんが待っているわよ……早く支度なさい」
「うん……分かったよ____ママ」
良かった。
今日のママは調子も機嫌も悪くはなさそうだ。
ホッと胸を撫で下ろすと、ママの後に続いて階段を降りて食事をする部屋まで歩いて行くのだった。
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