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★僕の日常★

* 「よう、おはようさん……ジンジャー。今日もこいつの面倒を頼むよ。おい、バニラ……お前もちゃんとジンジャーに挨拶しろよ」 ママと二人で向き合って座りつつ必要最低限の家具しかない寂しい居間にあるテレビから流れてくるニュース番組から目を背けて、近所の優しいおばさんが毎朝配達してくれる鰯のサンドイッチを急いで喉に詰め込んでパパッと身支度を済ませてから家を出ると、いつもと同じ場所――朝市に売り物として出す魚が入った木箱がたくさん積んである市場前で少しだけ大げさに手を振っているクルスさんとその背後で縮こまっているクラスメイトへ会いに行く。 これは、いつも決まっていることで例えば体調不良になったとか、学校が急にお休みになったりだとかというよっぽどのことがなければ変わったりはしない僕の日常だ。 もちろん、学校が元々お休みの日を除いて――だけれどね。学校が元々お休みの日は、ママのお世話で手一杯なんだ。 「おはようございます、クルスさん……それに、バニラ。バニラ……昨夜はよく眠れた?」 「え……っ____あっ……あの、あの……ね――ジ……」 クルスの後ろに隠れて、もじもじしつつ僕の様子を試しているかのように遠慮がちな目付きでこっちを見てくるクラスメイトのバニラの態度も僕の日常のうちのひとつだ。 そして____、 「いやいや、こいつはいっつも碌に眠れやしない……そうかと思えば、毎晩部屋から魘される声が聞こえてきやがる。つまり、完全なる不眠症じゃないっつーのがこいつの厄介な所さ……まったく兄っていう立場じゃなけりゃとっくに見捨ててるぜ……ジンジャーもクラスメイトだからってこいつに気を使わなくたっていいんだぞ?」 「そ……っ……そんなことない。バニラはあんな事情を持つ僕と話してくれる数少ない存在だから……気を使っている訳じゃないです。だってバニラは大事な……お友達だから」 未だに、ご近所に住むクルスさんの背後に隠れてもじもじしているクラスメイトの《バニラ》____。 そして、そんなバニラの態度をうざったそうにして尚且つ彼がこっちに対して勇気を持って発しようとした言葉を途中で遮りつつ彼の義兄であるクルスさんの強引な態度もボクにとっては日常のヒトコマだ。 「まあ、それはともかくとしてだ――ジンジャー、オレは本当にお前には心から感謝してるんだ。こんなお荷物の義弟であるこいつの面倒をほぼ毎日クラスメイトとはいえ見てくれて……お前だって色々と……その――大変だろ?だから、今日もこれ遠慮せず食ってくれよな。サフラン婦人の店のとは比べ物にならないほど美味しいだろ?」 「あ……ありがとうございます____」 ニコニコしながらさりげなくボクの体に手を触れつつ、クルスさんがほとんど単独で切り盛りしているお店の名物パンをくれるのもボクにとって日常のヒトコマだ。 もちろん話しかけてくる会話の内容だとか、細かな違いはあるけれど、大筋の出来事は変わりはしないんだ。 彼のお父さんと二人でお店を切り盛りしているようだけれど――おじさんは店の奥の方に引っ込んでいて店頭には主だって出て来ないから、パン屋の店員であるクルスさんのお父さんのことはよく分からない。どうやら、クルスさんのお父さんは――ボクだけじゃなくて、あまり他の人と顔を合わせたくはないみたいなんだ。 何でかなんて分からないけれど、それこそクルスさんに聞いたら失礼になっちゃうからボクはこう聞いた。 「クルスさん……たまごのおじさんは、変わりないですか?」 正直、毎日食べてるサフラン婦人のお店の鰯のサンドイッチの味をあまり美味しいとは思えないからほとんど残してるせいでお腹がキュルキュルいっているボクはクルスさんがくれたローズマリーのいい香りが漂うパンを頬張りつつ尋ねる。 「ああ……親父なら肉体的には変わりないよ。ただ、何というか……最近、何だかボーッとしていることが多い気がする。それより、確かに親父はジンジャーに対して店に来る度に卵を渡すが……親父にだってちゃんとした名前があるんだぜ?」 「え……っと____で、でも……」 ふと、急に険しい目付きでクルスさんがボクを見つめてきて低い声色で言って来たものだからビクッと体を震わせてしまった。 すると、いかにも「別に怒ってる訳じゃないから安心しろ」といわんばかりにクルスさんの大きな手がボクのお尻の方に伸びてきて妙に優しく撫でてきた。 「いいか……オレの親父の名前はね……このパンと同じなんだよ」 「ローズ……マリー……」 ポソッと呟いたボクの言葉を聞いて、クルスさんはいつも通りの優しい笑みを浮かべながらコクリと頷くと、そのままボクとバニラを朝市場の広場から学校の方へと引き連れて行くのだった。

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