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ノルニ村5

 日差しの柔らかい早朝や夕方に、フードを被って少し散歩をする。流石に家に籠もってばかりでは身体が鈍ってしまうし、いくら目が光に弱いとはいえ、夜は暗くて道が見えない。  今までは僕一人の習慣だったけれど、今はエディも一緒だ。    エディがノルニ村に来てから何日か経った。夜は相変わらず手を握られたり、至近距離で名前を呼び合ったりと恥ずかしくて死にそうなことをしているが、それにも……ずいぶん、慣れた方ではないかと思う。    昼間は、僕は裁縫をしつつ、合間に洗濯や掃除などの家事をする。エディは僕の家事も手伝ってくれる上に、毎日美味しい食事を作ってくれた。しばらくナイフを使っていたのに、いつの間に研いだのか、気が付くとちゃんと包丁とまな板を使っていた。  この王子様、本当に何でもできる。  聞けば、騎士候補生を育てる訓練学校があり、そこは全寮制なので、皆で覚えさせられたんだとか。  騎士になってからは野外で過ごす事も多いし、砦に遠征して、その施設を自分たちで利用しなければならないこともあるらしい。そういう場合のためにも、寮生活では家事も自分たちでやり、覚えるんだそうだ。  エディも「流石にこんな王族は俺だけだ」と言っていた。    エディはその他には、鍛錬だと言って持ってきた剣やその辺の棒切れを拾って振るい、外で身体を動かしたり、アルアを走らせに行ったりもしている。しかしルドラのこともあり、あまり僕を一人にしては危険だと思っているようで、エディは必ず僕の家を通ってアルアを走らせ、すぐに戻ってくる。聞けば、パウロさんのお店も何事もないか巡回してくれているそうだ。  毎回アルアがちょっと物足りなさそうなので申し訳ないが、僕もルドラが怖くて大丈夫だとは言えなかった。    そんなある日。この日は一日中曇り空で、僕は随分と過ごしやすく感じていた。もちろん曇り空でも、明るいということは太陽の光があるわけで、外出にコートは欠かせなかったが、それでも随分と気持ちが楽だ。午後、更に日が陰ってきたところで、エディが一緒にアルアに乗ってみないかと誘ってきた。  僕は驚きつつも、エディが大丈夫だと思うなら構わないと了承した。  この数日の共同生活で、エディは僕がどの程度見えて、何が苦手なのかをほとんど把握している。だから最近は何かをやろうとすると絶妙なアシストが入るので、僕は僕にできる範囲のことに集中できたし、特に掃除のときに発生していた怪我が減った。見えないので、良く至る所にぶつかっていたのだ。その度にへなちょこ治癒でなんとかやり過ごしていた。   「まず、フィルを抱き上げてアルアに乗せる。その後、俺がフィルの後ろに乗るから、アルアの首寄りにいてもらえると助かる」   「抱き上げ……!?っわ、分かりました。お願いします」    アルアは賢く、僕がエディに横抱きにされて乗せてもらうとき、少し頭を下げてくれた。おかげで僕は思ったよりすんなりアルアの背に横乗りの体勢で座ることができた。  すぐにエディも後ろに乗り込んでくる。その近さに……というか、密着に、息を呑む。  僕はいい加減自分の想像力の無さにうんざりした。馬に二人乗りなんて、密着するに決まっているのに。   「殿下は大丈夫でしょうが……」    セトペリさんが不安そうな眼差しで僕を見る。フードの下から覗き込むような形なので、僕も珍しくちゃんと顔を合わせているが、馬のプロを安心させるような表情はできそうもない。   「フィシェル……気を付けてな」    僕はぎこちなく頷いた。  アルアが動き出した途端、視界の高さと揺れを強烈に意識して、僕は情けない悲鳴を上げてエディに縋り付いた。恥ずかしさは一瞬で吹き飛び、恐怖で心臓がバクバク音を立てている。  エディが僕の背中をさすりながら、大丈夫だと囁く。そうされると今度は恥ずかしさを強く意識する。  青くなったり赤くなったり忙しい僕に、セトペリさんはずっと心配そうな視線を向けていた。    僕があんまりにも怯えるので、アルアも不安そうだった。ゆっくり歩いてもらいながら、内心で必死にアルアに謝る。  エディは僕の様子を見つつ、ふと遠くを手で示した。   「ほら、フィル。レデ夫妻が向こうにいるぞ。心配そうに見ている」   「えっ?ほんとですか?」    言われて恐る恐る視線を彷徨わせ、そのときに初めて厩を出てからずっと目を瞑っていたことに気がついた。  遠くでカーラさんらしき魔力の人が控えめに手を振っている……んだと思う。いや、パウロさんが手を振っているのかな。寄り添っている魔力がカーラさんかも。二人は半身で魔力が同じなので、これほど遠いと二人の魔力の色しか分からないが、確かにこの色はよく知っている。   「ああ……本当だ。ふふ、心配そう」    遠目でも分かるくらい、あまりにも心配そうに震える魔力を見ていると、先程のセトペリさんの顔も思い出し、申し訳なさが振り切れて笑いが込み上げてきた。   「フィル?」   「ふ……なんだか、楽しくなってきました」 「……そうか?それならよかったが……」   「はい。ふふ、ありがとうございます」       僕は一人で乗っているわけでもなく、ただアルアの背で震えているだけだ。それでもこんなに怖い。あんまりにも自分が情けなくて、いっそ可笑しかった。  僕は二人にそっと手を振り、それで片手を動かしても大丈夫そうだと気付いたので、そっとアルアの背を撫でた。   「ごめんね。僕、乗馬は初めてなんだ。不安にさせちゃったね」    アルアは小さく嘶いた。  本当は思い切り駆けたいだろうに。僕を気遣ってくれているのだ。主人に似て優しい馬だ。   「うん、ありがとう。少しずつ怖くなくなってきたよ」   「……やっぱり、会話している……」    エディが心底羨ましそうにぽつんと呟いて、それに一頻り笑ってからは、不思議とあまり怖くも恥ずかしくもなくなった。    村の周りを一回りして、最後はちょっと駆け足でも平気になった。ただやっぱりあまりにも揺れるので、舌を噛まないよう唇を引き結んでエディにしがみついていた。  相変わらず心配そうなセトペリさんが待つ厩へ戻り、ひらりと地面に降り立ったエディに降ろしてもらう。が、膝が、腰がガクガクとしていて、僕はエディの腕を離せなくなった。アルアが心配そうに顔を寄せてくる。   「ごめんね、大丈夫……ちょっと身体がびっくりしてるんだと思う。アルアはすごいね。楽しかった。ありがとう」    よろける僕を見て慌てて椅子を持ってきてくれたセトペリさんにお礼を言いつつ、座らせてもらう。その間も、アルアはずっと僕の側にいてくれた。   「……すごいな。アルアは気難しい方ではないが、短期間でここまで人に懐いたことはないぞ」   「お、おれも……馬の世話は長いことやってますが……こんなに懐かれることなんて、中々無いです」    二人の会話は、アルアを撫でている僕には届かなかった。    しばらくして、なんとか立ち上がれるようになったので、セトペリさんにお礼を言った。   「すみません、セトペリさん。ありがとうございました」   「いやいいんだ。こちらこそ、いつもフィシェルが服を作ってくれて助かってるよ。そうだ、前に……娘のスカートを直してくれたことがあっただろう。可愛い花の刺繍もついていて、喜んでいたよ。そのうちお礼を言わなければと思っていたんだが……遅くなってしまった。ありがとう。殿下のお馬様も懐いているようだし、またいつでもおいで。幸せにな」    照れくさい思いで聞いていたが、最後のセリフで頭に石が降ってきたような感覚に襲われた。いや、セトペリさんの前ではずっとあだ名で呼び合っているわけだし、今日なんてエディにしがみつきながら馬に乗ったんだ。そりゃそうだ。経験が全然ない僕だってこんなの見たらお幸せにって言うだろう。  僕はセトペリさんに曖昧に微笑みながら頭を下げ、エディに手を引かれながら馬屋を出た。  目が悪いから助けてもらえてるのだと、そこまで考えてなかったけれど、もしかしてこういうのも、そう見える……?    そういえば乗っているときは必死で、途中から意識できなくなったけど、エディは随分と身体がしっかりしていた。  武人なんだから体幹も僕と違って当たり前だけど、僕がいきなりしがみついてもびくともしていなかった。流石だな。いや、待てよ。まさか僕がへなちょこすぎるんだろうか……う、そう思ったら、それ以外にないような気がしてきた。    そんなことを考えつつ、手を引かれながらのんびり歩いていたが、不意にエディが足を止める。僕も不審に思って進行方向を見ると……どうしたんだろう。自分の家のある方が眩しくて、よく見えない。   「フィル。家が燃えている」   「え……えっ!?」   「俺が行けばすぐに消せる。フィルを抱えて走るが、いいか?」   「っは、はい!お願いします!」    最近は杖を持って外に出ていないので、暗くなり始めたこの時間に残されると、たちまち進めなくなってしまう。  僕はエディに肩を抱かれ、膝裏を二本まとめてすくい上げられた。身体を持ち上げられながら、慌ててエディの首に手を回す。きっとこんな状況じゃなければ、こんなこと、咄嗟にできなかっただろう。   「舌を噛まないよう、黙っていてくれ。走るぞ」    僕は黙って頷いた。  ………………え?  は、は、速い!人間って、こんなに速く走れるの!?しかも、思ったほど揺れない。人一人抱えているのに、姿勢がいいんだ。  僕は迷ったが、我慢できずに家の方を見た。村外れとはいえ、流石に道中に何軒かあるので、皆心配そうに様子を窺っていた。僕たちが通り過ぎると、一瞬の驚きと安心に魔力が揺らめいていく。  そうか、向こうにいるのはやはりルドラなんだ。だから村人たちは誰も手が出せないんだろう。   「……やはり、手を打っておいて良かった」    家まであと少しと言うところで僕を下ろしながらそう言うと、エディは炎に手を翳して睨みつけた。すると面白いように火が消えていく。家の周りこそ煤で黒くなっているが、不思議とどこも崩れてはいない。二階の母さんの形見も、もしかしたら大丈夫かもしれない。  ホッと息をついたのもつかの間、家の向こう側からルドラがゆらりと姿を見せた。内在魔力の濁り具合に思わずエディの腕を掴む。元々濃い目の色ではあったけれど……感情がこんなにも魔力の色に影響を与えることがあるなんて知らなかった。   「に、濁ってる……怒り、悲しみ、憎しみ……絶望が渦巻いてる」    そう呟くと、エディはため息をついた。   「そうか……」   「おい……フィーから離れろよ……」    腕にくっついているのは僕の方だが、ルドラはそう言った。  僕は慌てて離れようとしたが、エディが僕の手を掴んで離さない。僕は驚いてエディを見た。   「あ、え!?エディ……!」    ルドラの魔力を視るに、絶対にこれ以上刺激しない方がいいと思う。そう視線で訴えても、エディは柔らかい笑みを浮かべてこちらを見た。緩慢な動作で、エディが自分の口に人差し指を立てたので、そうされるともう、黙って見守るしかない。    戦いとか、喧嘩とか。多分なんでも、余裕がある方が有利で、大体はそっちが勝つんだろう。僕はこの日、それを痛感した。  激昂したルドラが何かをする前に、エディはルドラを昏倒させた。一体何をどうやったのか僕にはさっぱり分からないが、ルドラは突然その場に崩折れた。エディは息をするように魔法を使い、意識のないルドラに手枷を嵌め、いとも簡単に拘束した。  ……この人間に敵う生物、いないんじゃないだろうか?        ルドラが目を覚ましたとき、僕は隣にいた。正確には、隣にいて目が覚めるのを待っていた。エディは地面に放って置こうとしたけれど、僕は悩んだ末、エディが耐火の魔法を予め使ってくれていたおかげで、殆ど無傷で済んだ家の中にルドラを運んでもらい、僕のベッドに寝かせた。  エディは物凄く嫌そうだったけど……あれほど力があるのなら、ルドラが何をしても対処できるだろう。一応絶対に燃えてほしくない形見と裁縫道具一式は別室に避難させた。  僕はエディが下したルドラへの裁を伝えるために、その後はずっとここにいた。   「目が覚めた?ルドラ」    本来なら、視覚に頼って魔法を使う魔導師は、視界を奪うのが一番有効だったが、今回はやめた。ルドラが本当に僕なんかに一目惚れしてくれたというのなら、僕の顔を見せたほうがいいと思ったのだ。ルドラの嫌うコートも置いてきた。流石に手枷と、おまけに寝かせたときに止める間もなく付けられた足枷は外せなかったけど。 「フィー……」   「ルドラ、ごめんね。ちゃんと話をしたいと思って」   「……なんであいつなんだ。オレじゃだめなのか……?」   「違うよ。僕は別に、エ……で、殿下を好きになったわけじゃないし、ルドラが駄目だから、殿下と一緒にいるわけじゃないよ」   「……どういうことだ」    僕はふう、と一回深呼吸をした。ルドラの魔力を視ながら、できるだけ刺激しないように言葉を選ぶ。   「僕が国唯一の至純だっていうのは、きっともう聞いたよね?」   「ああ……クソ親父からな」   「それでね、それが……国内で結構広まっちゃってるかもしれなくて。噂でさ。僕、身体もこんなんだし、見た目も変わってて、至純だから。危ないんだって」   「この村にいると、危ないって?オレじゃあ守れないって言いたいのか?」   「殿下の強さ、見たでしょ?ここは田舎だから……ルドラは確かに強いし、村人は誰も敵わないけど、多分都会には色んな強い人たちがいる」    僕の言葉にルドラの中で怒りの炎が灯ったが、僕は黙ってルドラの手枷に触れた。殿下に負けたでしょ、と目で訴えると、ルドラも流石に目を逸らした。バツが悪いのだろう。目元が赤いのは、僕なんかに諭されて恥ずかしいからなのかも。濁りは落ち着いたが、ルドラの中はぐちゃぐちゃで、強い羞恥以外はよく読み取れなかった。   「それでね。僕は……王城にいた方が安全なんだって。僕もそう思う。僕はルドラにも敵わないし、一人で生きていこうとするのは、君の言う通り……無理なんだろう」   「オレ、オレは……オマエと一緒にいたくて、そう言ったんだ……」   「うん。でも僕はやっぱり、誰とも半身になる気はないよ。この前も、そう言ったでしょう。殿下の半身候補って立場が、一番安全に過ごせそうだから、そうするしかなかっただけ。殿下も何年も続く半身探し騒動にうんざりしてて、僕が都合が良かったんだって。僕たちは半身っぽく見えるように振る舞わないといけないから、そういう練習をしているけれど、お互いに気持ちはないよ」   「いや、オレには分かる。あいつ、絶対オマエのこと……」   「あはは、もしそう見えるなら流石殿下だよね。すごい演技力だ」    僕の言葉をルドラはまだ疑っている表情だったけど、ルドラは多分僕を好きでいてくれるから、そんなふうに見えてしまうんだろう。   「でも……オレは、一緒にいられないんだろ。王子に対して、あんなこと……死罪でも、文句は言えない」   「ああ、そのことなんだけど。ルドラ。僕と王都にいかない?」   「は?」   「騎士の訓練学校にルドラを入れるのはどうか……って殿下が」    そう言いかけたタイミングで、お茶を持ったエディが部屋に入ってきた。まさか、全部聞いてたのか?と思ったけど、お茶は湯気が上がっているし、どう見ても淹れたてだ。いやでもエディならすぐ温められ……   「ああ、起きていたか。どこまで話した?お茶を淹れてきたから、とりあえず続きは飲みながらにしよう」   「王子が、お茶……」    ルドラも面食らっているようだった。すっかり落ち着いて話ができていたし、今は怒りも殆ど見えない。   「ちょうど、騎士学校の話をし始めたところでした」   「む、そうか。では俺が話を引き継ごう。フィシェル殿よりも俺の方が話せるだろう」    僕は席を立ってエディに譲り、お母さんのベッドに腰掛けた。ルドラは名残惜しそうな顔をしたけど、一応ルドラは罰を受けないといけない身だ。   「ああ、枷があると飲みにくいよな。外そう」    エディが座りながら瞬きすると、枷は音もなく消えた。ルドラも驚いているのか、あれほど敵意を向けていたエディから普通にお茶を受け取っている。 「あっつ、あちー……普通、沸かしてからちょっと冷ましたお湯で淹れるだろ……」    ルドラは火加減には煩いらしい。   「はは、すまん。なにぶん、お茶淹れは騎士学校でやらされて以来なのでな」   いや?毎日淹れてるし、エディのお茶で舌を火傷したことなんてない。うん、まあでも、そうだ。エディが嘘をつくときは、きっと必要なとき……そう思ったじゃないか。   「……騎士学校って、そんなこともすんのか?」    エディの狙い通り、ルドラは神妙な顔つきになって話に乗ってきた。   「全寮制で、ありとあらゆることを自分たちでやるんだ。俺もそこで、王子なのに色々とできるようになったよ。フィシェル殿の手助けをするのにも役立っている」   「フーン……」   「ルドラ。君には才能がある。リグトラントは力のある人間が少ないからな。君は貴重だ」   「でも、アンタの足元にも及ばない」   「それは君が力の使い方を、まだ知らないからだ。最新の魔法理論と、それを組み合わせた格闘術、剣術を知っているか?俺は君のような人間にこそ、その知識を吸収して欲しいと思っている」   「なァ、ちょっと待ってくれ。オレの裁きの話じゃないのか?」    ルドラが訝しげな視線をエディに向ける。さっきから王子様に対する態度じゃないが、もうどうでもいいと自暴自棄になっているのかもしれない。   「裁きの話だよ。実は騎士学校といっても、殆どが貴族や有力商家の人間ばかりでね。これは問題だと思っていた。完全な庶民にも、才能ある者はもちろんいる。ただでさえ膂力のある人間が少ない国なのに、身分で選り好みをしているなんて、俺からすれば馬鹿らしい。ずっと何とかしたいと思っていた。そこでだ」    ルドラは話を察したのか、最早嫌そうな顔をしていた。   「ルドラ、君は随分骨がありそうだ。是非庶民の代表、第一号として、貴族のぼっちゃんたちの中で逞しく過ごして欲しい。正直虐められる可能性が高いし、めちゃくちゃ苦労すると思うが、先程言ったように俺の目から見ても才能がある。君は最先端の戦闘術を学べるわけだし、罰と言ったが悪い事ばかりではないだろう?」   「これって、行くしかないんだろ?」    エディはニヤリと笑った。   「いいや?田舎で一人、フィシェル殿を思いながら過ごすのも十分罰になると俺は思っている。だが王都にいれば会う機会もあるかもしれないぞ?もし優秀な成績で卒業すれば、是非俺の隊にスカウトしよう。そうすれば、俺の半身として振る舞うフィシェル殿とは、戦場で会える」    僕としては、正直ルドラに会いたいかと言われると微妙なところだった。どう考えてもルドラの気持ちに応えることは今後ないし、こんなルドラの恋心を利用するような方法はまずいんじゃないかと思う。会うたびに申し訳なさで心臓が潰れる思いをしそうだ。  ここに来た夜、「俺の隊に欲しいくらい」なんて言って、パウロさんたちと僕は本気か冗談か図り兼ねたことがあったけど……本気だったのだ。  ただ、そのままでは磨かれていない原石のままなので、ルドラの僕への恋心も、王子に牙を向けたことも、何もかも都合よく利用して、ルドラを鍛える場に放り込もうとしている。  しかも聞いていれば、庶民とか貴族とか、僕にはよく分からない別の思惑もありそうな話だった。  ルドラに一石投げられて、それを掴んで投げ返し、ついでにもう何鳥か手に入れようとするエディの采配に震えた。    やがてルドラはため息をついて頷いた。   「はァ……殿下の思う通りに。王都に行きます」   「うん、色良い返事が聞けて良かった。それでは早速ラウェ殿に話しに行こうか。この村には次期守り手も必要だろうからな。誰かを派遣することになるだろうから、その話もしなければ」   「しばらくはクソ親父……父がやると思いますけど」    はっきり言っちゃった後だと、言い直してもあんまり効果ないよ……ルドラ。    ベッドからルドラが下りるとき、「そういえばここ……」とルドラが呟いたので、僕のベッドだと教えると、面白いくらい真っ赤になっていた。その姿に擽ったい気持ちになる。が、その気持ちは一瞬で萎んだ。僕にそんなことを思う資格はない。  気持ちにこたえられないのに、その気持ちを利用するような真似をしてごめんなさい、ルドラ。僕なんかを好きになってくれて、ありがとう……    居間に戻ると、ルドラとエディが同時に村の方向を見た。エディは「耳も良いな、素晴らしい」と言っていて、僕はなんの事かと思ったけど……すぐに分かった。馬が走ってくる音がする。二人とも、これがすぐに聞こえてたんだ。    まさかなと思ったけどやっぱり馬は僕の家の前で止まり、僕は慌てて食卓に投げ出していたコートを手に取って身に着けた。あれほどこのコート嫌っていたルドラが手伝ってくれて、意外だった。思わず視たルドラの内在魔力は、吹っ切れたようにすっきりとしている。    僕がコートを着て、フードを被ったのを確認してから、エディはドアを開けた。   「殿下!お迎えに上がりました。遅れて申し訳ありません。今、村の入り口に馬車を待機させてあります。小さな村のようですが、村長殿が私達をお泊め下さるそうです。夜分ですが、一度ご報告のため、村まで来て頂けますか」    僕は一息にそう告げられて面食らったが、エディは慣れているようで、さして気にする様子もなく頷いていた。   「ああ。俺もちょうど村長殿と話があり、息子のルドラ殿が迎えに来てくれていたのだ」    さらりと嘘をついたエディに怪訝な視線を向けつつも、ルドラは怪しまれない程度に迎えの騎士に頭を下げた。   「村長殿が青い顔をしておられました。それに……家の周りが焦げていて……一体何が……」   「はっはっは、実はな、クーレ。ルドラ殿の力を見込んで手合わせを申し込んだんだ。とはいえ俺は強すぎるので、できる限り不意討ちをするようにと言っておいた」   「はぁ……不意討ち……それで村人も火事だと驚いていたのですか……殿下、お願いですからそんな無茶なことはしないで下さい。きっと村長殿はルドラ殿を心配しておられたのでしょうね。大変に気を揉んでいるご様子でした。殿下にお願いされたら、一般市民には断れっこありませんよ。もうちょっと慎みのある行動を……大体殿下はいつも突然部下に手合わせを持ち掛けたり、前回の遠征でも……」    クーレさんがお説教モードに入ってしまったので、エディは慌てて両手を上げ、降参のポーズを取った。こんなエディは初めて見るので、僕は笑いを堪えるのに必死だった。   「わかった、わかったクーレ。俺が悪かった。だから二人までお前の説教に付き合わせるのは勘弁してやってくれ。村長殿も待っている」   「あ、そうですね。失礼いたしました。そちらのフードの方がもしや……?いえ、すみません。報告はルシモス様に。皆村長殿の家で待っていますので。それでは私は先に戻って伝えておきます」   「ああ。ご苦労。半身殿は目が悪いから、手を引いてゆっくりと歩いていく。時間がかかるから、皆寛いで待っているように言ってくれ」   「は、分かりました」    クーレさんが出て行き、蹄の音が遠のいて、僕たちはようやく口を開いた。   「……半身殿、ねェ」    ルドラが暗い顔でそんなことを呟くので、僕は慌てて否定した。   「ルドラ。演技だよ。言っただろ?僕も殿下もその気は無いけど、そう見えるように振る舞わないといけないんだ」   「演技」  「そうだよ。そりゃ、ルドラからしたら面白くないかもしれないけど……僕たちも我慢しているんだ。とくに殿下なんて、こんな僕みたいに醜い人間を半身扱いしないといけないんだ。本当なら、美人のご令嬢とか、お姫様がお相手になる方なのに」   「フィーは醜くないぞ」   「ありがとうルドラ。そう言ってくれるの、今はルドラくらいだよ」    僕の容姿を手放しで褒めてくれていたのは、生みの親である母さんだけだ。その母さんはもういない。パウロさんとカーラさんは僕の容姿の話になると、母さんに似ていると呟いては心配そうになる。母さんは親の贔屓目だろうし、パウロさんたちも気を遣ってくれているだろうから、実際は余程醜い……のだと、思っている。  でも、ルドラは僕のことが好きだから、そう言ってるんだと思う。恋は盲目なんだと母さんが教えてくれた記憶があるし……そういうものなんだろう。  まだなにか言おうと言葉を探すルドラを、エディが遮った。   「フィル、ルドラ。もう行かなくては」   「フィル、だァ?オイ、やっぱオマエ」    続くルドラの言葉をエディが再び遮る。あまり人の言葉を遮るのは良くない気がしたけど、相手は失礼なことばかり言うルドラなので、仕方がない。   「ルドラ。もし騎士学校を卒業して尚そう思うのなら、またかかってくるといい。正々堂々とな。卒業後ならいつでも相手をしよう」   「フン!……いや待て、ソレって、オレが卒業しても、アンタは自分が勝つと思ってるから……そう言ってんだろ!?」   「だからしっかり吸収できるものは全て吸収して、卒業してみなさい。勝てる勝てないはそれからだ」   「チッ……まあアンタの口車に乗せられてやるよ。お互い利があるみたいだしな」    その言葉に僕も反応した。   「そう、僕たちもお互いに利があって!」   「ああそうかよ!クソッ……卒業したら、もっかいくらい……」    ルドラはブツブツと何かを言っていたが、僕はエディに急かされて、後ろの方は聞こえなかった。    

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