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太陽と月3
それから十日間ほどの間に僕はリチャード様へのお願いを済ませて、こっそりアンジェリカ様の元へ通ってダンスの練習を始めた。ダンスは……思ったより向いていないわけでもなかったけれど、やっぱり特別才能もなくて……結局は僕の努力次第だった。でも、そのほうが分かりやすくていい。頑張れば頑張っただけ成果が実感できることなら、続けられる。
リチャード様から魔力制御の方法も教わって、僕は体内魔力の動きを少しは操作できるようになったし、それに合わせて使える魔法も少し増えた。これで少しはエディやお兄様に気持ちが丸見えという状態を軽減できればいいな……
相変わらず戦闘に使えそうな魔法はさっぱりだったけれど、相手の魔力を視て治癒する速度がかなり速くなった。でも、まあ……城にいてそこまで緊急の治癒術の必要性なんて無いので、役に立つ日が来ることもなさそうだ。
他にも、いい加減僕も自衛の手段を手に入れなくてはならないと言われ、エディから暗礁石の金粉の作り方を教わる事になった。これが難解で……理論として説明されることが高度すぎて、僕は最初から躓いてしまった。そもそも……鉱石を自在に作り出せるエディがどうかしている。
しかしこれさえできるようになれば、万が一何かあったとしても僕は大抵の相手を眠らせて逃げられる。
睡眠薬はあらゆる毒に詳しいアルヴァト兄様も得意な領域だったので、僕は贅沢にもエディと兄様の二人からその成分について教わっている。
兄様といえばいつの間にかクリス様と親しくなっていて、時々会ってお互いの持つ知識を交換しているそうだ。リグトラントは治癒術が発達している為に薬学などの一部の分野が遅れているので、兄様の知識は大いに喜ばれている。
僕は今日もクタクタになりながら何とか湯浴みをして、寝る前にエンフィーに会いに兄様の部屋の扉を叩く。
中に入ると、エディと兄様が窓辺のテーブル席で二人きりでお酒を呑んでいた。
「おかえり、フィル……今日もアンジェリカのところへ?」
「あ、はい……」
「ずいぶんと仲良くなったのだな」
「は、はい……そうですね。アンジェリカ様はエディが大好きなので……それで話が合うんです」
そう言うと、エディは何か言いかけて……口を閉じた。アルヴァト兄様がニヤニヤしながらそれを眺め、お酒を一口飲む。
僕は二人に近付き、兄様に勧められるまま二人の間に置かれた椅子に腰掛けた。
エンフィーはテーブルの上でおつまみの木の実を転がして遊んでいたが、僕が手を伸ばすと喜んで膝の上へ飛び乗ってくる。
「エンフィー、今日も元気だね。良い子にしてた?」
僕がつるりとした鱗を撫でると、幼い金竜はクルクルと喉を鳴らす。
「フィシェルも何か飲むか?」
兄様にそう言われたのでちらりとエディを見上げると、不満げな視線を寄越される。僕は苦笑して水差しからコップに水を注いだ。
兄様がやれやれとため息をつく。
「過保護だなぁエドワード。この先付き合いでも飲む事があるだろうに。酒に弱いと言うなら尚更、自分の限界を見極めさせた方がいいのではないか?」
「……それは……そうかもしれないが……」
エディがそれきり黙ってしまうので、兄様はこちらに話を振った。
「フィシェル、お前酒の席で一体何をやらかしたんだ?」
「えっ!えーと……あんまり、覚えてないんですけど……エディにべったりだったみたいで……」
僕が恥ずかしくなって俯くと、エンフィーの無垢な瞳と目があった。うぅ……こんな情けない親でごめんね……
「くっくっく……それは見せたくないよなぁ、エドワード」
「……アルヴァト……あまりからかわないでくれ」
エディが不貞腐れたような態度を取るので、僕は珍しいこともあるものだとエディを見た。今日はエディもかなりお酒を飲んでいるらしい。
「エディ……今日はたくさん飲んでいるんですね」
「……ああ」
素っ気ないエディの態度に眉尻が下がる。そんな僕たちを見たアルヴァト兄様が笑いながら僕に教えてくれた。
「エドワードはフィシェルに隠し事をされているから、拗ねているんだ。ここ最近酷いものだぞ。大したことない秘密なら、教えてやってはどうだ?」
「……いや、いいんだ。フィルが俺に言うべきではないと思っている事なら、無理に聞き出そうとは思わない」
「エディ……」
「な?絶対に言ってしまったほうがいいぞ。ルストスの兄君が泣きついてくる前にな」
僕は困ってしまって視線を落とし、エンフィーを見た。エンフィーは小さな欠伸を一つすると、思い悩む僕を置き去りにして膝の上で丸くなってしまう。
「実は……その、僕が秘密にしたい訳ではなくて……ルストスから口止めされていることで」
「なるほど。閑吟に言われてしまえば言い辛かろうな」
それを聞いたエディは杯を飲み干して席を立った。僕が目を丸くして見上げると、エディは一瞥もくれずに黙って部屋から出ていく。閉まる扉からゆっくり視線を兄様に合わせると、兄様がニヤニヤしながら僕を見下ろした。
「ルストスを探しに行ったな、あれは」
「ええ!?今からですか!?」
「夫婦間の隠し事は我慢ならんらしいぞ?」
「ま……まだ夫婦じゃ、ありません……」
僕たちはまだ社交界へのお披露目もしていない上、オルトゥルムとの問題もあるので……王族たちの前での儀式を済ませられず、正式な婚姻関係にはなっていない。兄様はオルトゥルム側の事なら気にしなくていいと言ってくれているけれど……僕は一応オルトゥルム王族なので、名前はどうするのかとか、フレディアル家の関与を説明するのかとか、面倒な問題は色々とあるのだ。
そんなわけで僕たちは結婚できないし、最近のエディはその事にも苛々しているような……気がする。この頃はノルニへ帰ろうかなんて呟く事も増えてきて……まあ僕はエディのそばにいられるならどこでもいいのだけれど……要するにエディは、僕と二人きりで過ごしたい、らしい。
後半は真っ赤になりながら言うと、兄様が相変わらず笑みを浮かべながら返してくる。
「それこそ、オルトゥルムに旅行にでも来たらいい。南国の島ゆえ、美しいところだぞ。しばらく二人きりで滞在してはどうだ。もちろん身の回りの世話は知の戻った者に任せるし……まあ、少々内政の仕事は回ってくるだろうが……それ以外の邪魔は殆ど入るまい」
「お兄様、そんなに僕にオルトゥルムへ来てほしいんですか?」
「もちろん。フィシェルをヴォルディスに捧げよう等とあやつらが宣ったのも、フィシェルの美しさを知らぬからだ。父上にもひと目顔を見せてやるといい」
僕は笑い混じりで尋ねていたが、兄様の返答に笑みは何処かへ引っ込んでしまった。
「……お、お父様は……僕のこと、どうお考えなのでしょう……」
「……ああ、すまない。そんな顔をさせるつもりはなかったんだが……父上の知は戻っているよ。竜人の傷の治りが早いように、王族は呪いからも次々に解放されている。ただ……その分、今まで己が行なった事柄に関してのショックが大きくて……まあ端的に言えば心の病だ。……こう言うと、フィシェルは気になってしまうだろう」
「は、はい……それはもちろん……」
「悪かった。言葉を選び間違えたな……エドワードの事もあるし、こちらの事は気が向いたらでいいさ」
僕は兄様を見上げ、眉根を寄せた。
「お兄様。建前は良くわかりました。ですが……お兄様としての、本音は?本当の気持ちはどうなのですか」
「フィシェル……」
お兄様は言い淀んで、酒を煽った。長い尻尾が頼りなさげに揺れる。
「……フィシェルがもし……来てくれれば……色々な可能性があって……」
「可能性……?」
「白竜の御子は、呪いを退ける力を持つ。俺は単純に自分がそれらに強いだけだが……フィシェルがオルトゥルムを回ってくれれば、それだけで民が目を覚ます可能性がある。それにフィシェルは太陽の力を得た、美しい少年だから……その姿がオルトゥルムに、新たな刺激となる可能性もあって……もちろん、太陽ゆえの危険もあるのだが。父上も、最愛のフラジェッタを思い出し……元気が出る……かもしれない。どれも不確かなことばかりなのだが……」
兄様はそう言って、僕の膝上で眠るエンフィーを撫でた。
「……俺も、今日は飲みすぎたかもしれん。こう言ってしまうとフィシェルは断れないから、黙っていようと思っていたのに……」
「お兄様……」
「一応言っておくが、別にフィシェルが来られずとも、オルトゥルムは立ち直る。いや……時間がかかっても、必ず立ち直ってみせる。……お前はせっかく己の命を守り抜き、エドワードと半身になれたのだから……リグトラントで幸せに暮らすのも、それはそれでいいんだ」
僕は静かに兄様を見つめた。その視線を受けて兄様はため息をつく。
「……エドワードに謝らねばならんな。フィシェルの心を決めてしまったようだ」
兄様がグラスを口元へ持っていきかけ……そこでピタリと動きを止めた。グラスを置き、扉の方へ鋭い視線を送る。
「来たか」
「え……?まさかルストスが、もう見つかったんですか?」
「くっくっく……人が地に足をつけて生きる以上、エドワードに探し当てられない人物は居ないだろうさ」
僕が耳を澄ませていると、遠くからザリザリという音と嫌がるルストスの声が聞こえてきた。
「い〜や〜!嫌ですエドワード様ぁ〜!今酔ってます!?酔ってますよね!!お酒くさいもん!!嫌だ〜助けて〜」
そこでばたん!と扉が開いて、エディの砂に拘束されたルストスが引きずられながら入ってきた。
「あ、フィシェル〜」
「ルストス!ご、ごめんなさい……!エディ!こんな……だめですよ!」
「ルストス」
エディは僕を無視してルストスに冷ややかな視線を向けた。それを見たルストスがため息をついて頷く。
「もう……わかりました。言います。いいますよ!やっぱり、駄目かぁ……」
「……やっぱり?」
僕が首を傾げると、兄様が鼻を鳴らした。
「ルストスには、エドワードに秘密にできない未来が分かっていたらしいな」
「え……そうなんですか……?」
「遅かれ早かれ、エドワードがフィシェルを問い詰めていただろう。それがたまたま今日になっただけだ」
僕がエンフィーを起こさないようにそっと身体を捻ってエディを見上げると、お酒の所為でいつもよりふにゃりとしたエディと目が合う。不機嫌そうなのにそれも可愛く思えてしまうので、僕は重症だ。
エンフィーを撫でながら呟く。ルストスが打ち明けるつもりなら構わないだろうと僕が先に告げた。
「実は、今年の社交シーズンの初めの公夜会に出ようと思っていて……」
「……そんな事だろうと思った」
「やはり俺の予想通りだっただろう、エドワード」
「僕がアーニアの付き添いをするんです」
「な……何故、アーニアとなんだ?」
動揺するエディに背後から兄様の笑い声が聞こえてきたが、僕は眉尻を下げた恋人を見たまま説明する。
「その、アーニアは……エスコートしてくれる人がいないそうなので……」
「フィシェル、待って待って!それだと誤解が生まれる!エドワード様、当然エドワード様とも踊りますからね。まずアーニアをエスコートしてみせて、それからお召替えをしてエドワード様と踊る。要するにどちらのフィシェルもアピールするわけです。様々な思惑を押し付けてくる貴族も令嬢も、まとめて黙らせることができますから」
「なるほどなぁ」
兄様が愉快そうにグラスを振るが、エディは腕を組んで難しそうな顔をしている。
「……何故俺に黙る必要があった?」
僕が口を開こうとしたが、ルストスが呻いてぼそぼそと告げる。
「……それは……エドワード様に知られると反対されそうだったのと……もし反対されずとも、大っぴらに練習が始まってしまえば……僕が逃げられなくなるから……」
「ルストス……お前、閑吟の役目を投げ出そうとしたんだな?」
「役目?」
僕と兄様が疑問を口にすると、エディがため息混じりに答える。
「リアターナから呼ぶ楽士も何人かいるが……基本的には閑吟達が夜会で流れる音楽を演奏しているんだ。ルストスも本来なら、そこに加わらなければならない」
「ちょっと今回は……楽団に加わると自由がきかないので……」
ルストスが俯いて呟く。僕と兄様はそんなルストスの様子に顔を見合わせた。
「何かあるのか?」
「……あるには、あるんですが……僕が確認したいだけという気持ちが強いです。すみません……今回は色んな人に話すと未来が変わってしまうかもしれなくて……できるだけ秘密にしておきたかったんです」
僕たちは押し黙った。閑吟としてのルストスの能力の高さを知っていても、何処まで好きにさせるべきなのかはいつだって難しい。エディはそう言っていた。
簡単に人や国の運命を操ってしまえる力なので……僕は最近知った事だが、王城でのルストスは貴族院によって行動に相当な制限がかけられているようなのだ。貴族院へのルストスの提案はほぼ通るが、それは自分が関わっていないことのみ。普段は貴族たちに様々な事柄を予言しろと詰め寄られる生活だったそうだ。それから逃れようと手を回し、最終的に陛下に頼み込んだルストスはエディの隊に身を寄せるようになったらしい。以降はずいぶん自由だったようだが……
不意に、兄様がグラスを揺らして中の氷とガラスがぶつかる音を態とらしく立てた。視線を集めてから、中身を飲み干してゆっくりと口を開く。
「ルストス、夜会で楽団に加わらない方法が一つあるぞ」
「……え?」
ルストスが兄様をしばらく見詰めてから、突然真っ赤になる。何を言われるのか察したらしい。
「……や、やだ!恥ずかしいよ!僕だって男だ!」
「俺の弟に強いておいて、お前がそれを言うか?別に女の格好をしろとは言っていない。むしろ、閑吟の正装の方がそれらしいだろう」
「っで、でも……僕が女性側で踊らないといけないじゃん……」
「くっくっく……フィシェルと一緒に練習するがいいさ」
エディは二人のやり取りを眺め、ルストスの拘束を解いた。解放されたルストスがその場で座り込み、兄様を睨みつける。
「一体どうするんですか?」
僕の問いに、すっかり元気の無くなったルストスがぼそりと呟いた。
「アルヴァトも夜会に出るつもり……で、僕が付き添えってさ」
「えっ?兄様、踊れるんですか」
僕が驚いて振り返ると、兄様は笑って僕の手を取った。
「俺と踊ってみるか?…………冗談だ。そう睨むな、エドワード。正直なところ、足運びはかなり違うだろうな。多少は学ばねばなるまい」
「……フィル、そろそろ休もうか」
「え?あ……」
エディがスッと近寄ってきて、兄様に取られた僕の手を引き剥がし、膝の上からそっとエンフィーを抱き上げ、寝床の籠に移す。籠には柔らかいクッションが敷き詰められていて、エンフィーはそこで一度身じろぎをすると、再びすやすやと寝息を立て始めた。
「やれやれ、嫉妬深すぎるのも考えものだぞ、エドワード。明日の練習は休みかもな」
呆れたような兄様の言葉に首を傾げつつも、エディに手を引かれたので立ち上がる外ない。するとルストスが先程までエディが座っていた椅子にふらふらと近寄ってきて、倒れるようにそこへ腰掛けた。
「ルストス……」
「フィシェル、ちゃんと言わなくてごめん」
「いいえ……僕は気にしていません。それより、大丈夫ですか……?」
「……うん」
「あの、お部屋を用意してもらいますから……こんな時間ですし、良かったら泊まっていって下さいね」
ルストスはちらりと兄様を見て、神妙に頷いた。
エディと自室に戻る間に見かけた侍従に、ルストスの部屋の用意を頼んでおく。
寝室へ入り、ラロが辞去して二人きりになった途端、僕はエディに抱きすくめられた。
「エディ……あの、黙っていてごめんなさい」
「……いや、閑吟から言われたのなら、仕方ないことだ」
僕からもエディの背中に手を回す。
「でも、エディ……」
「……分かっているんだ」
「え……?何を……わっ!」
尋ねようとしたところで抱き上げられ、ベッドに下ろされた。柔らかい布靴も脱がされてしまう。エディが隣に寝そべり、僕を抱き寄せる。
「フィルの全てを縛れないこと……半身同士とはいえ、秘密にしたいことだってあると……頭ではちゃんと分かっている」
「エディ……」
「……俺は……何度も言うが、フィルが思っているほど物分りのいい男ではないよ。嫉妬深くて、我が儘で……どうしようもないほど、フィルのことをひとり占めしたいんだ。夜会には……確かにそのうち出なければならなかったが……それでもできるだけ先延ばしにしようとしていた。フィルのことは俺だけが知っていれば良いのにと……本気で思っている」
僕は心臓がぎゅっと痛くなり、堪らない気持ちになって、エディの背に回した手に力を込めた。
そんなの、僕だって同じだ。
太陽に染まって視力が上がっても、この時間の寝室はやはり薄暗くしてあり、エディの輪郭は暗闇に溶けかけて見えた。触れて確かめる。このまま二人で、どろどろに暗闇に溶け落ちたって構わない。
「……僕が夜会に出ることになったのは、確かにルストスとアンジェリカ様の提案があったからなんですが……でも、僕がそれでも構わないと思ったのは、エディのことを考えていたからです」
「……俺のことを?」
僕は一度エディの胸元から顔を離し、薄闇の中で視線を絡めた。まさかこの人は、嫉妬深いのが自分だけだと思っているのだろうか。僕だってずっと、そう……アーニアが宿場町サパタへ押しかけてきたときに自覚してから……自分の独占欲の強さを知っている。
今は半身として、それを表に出したって構わない立場なのだ。エディが子供を作りたいといえば僕だって考慮したけれど、はっきりとそのつもりはないと宣言されている。僕も子供が欲しいとは思っていないし……それに今となっては、僕は女性とそういう行為ができるかどうかも怪しい。
僕たちには幸運にもエンフィーがいるし、現在は兄様から竜と共に暮らす為の知識を教わっているところだ。僕たちの生きた証は、既にエンフィーが繋いでくれている。
僕は珍しく分かっていなさそうなエディを見て、おかしくなって笑ってしまった。半身になったからってお互いの事はまだまだ分からない事だらけだし、それを確かめるのが楽しいなんて少し前までは想像もつかなかった。
染まることが終点ではなく、僕たちはここから一緒に歩いていくのだ。
「……エディには、まだ言い寄ってきている女性がいますよね?エディが相手にしていなくとも」
「……それは……」
「それに、姿をほとんど見せない僕のことを侮っている貴族たちも多いはずです」
エディは僕を見て押し黙った。実際そうだと既にアンジェリカ様から聞いている。これが仮に偏った意見だとしても関係ない。
「大丈夫だ、フィル……すぐにとはいかないが、俺が何とかする」
「いいえ……これは僕にも手伝える話ですよ、エディ。それに僕がやりたいんです。僕の大事な友達であるアーニアが軽んじられ、夜会の連れ添いがいないのを見過ごせなかったのも確かにあります。でもアンジェリカ様の提案は僕にとっても都合が良かったんです……」
僕はエディの手をとり、両手で握り込んだ。
「エディは……誰にも渡しません。僕を侮る貴族やエディに言い寄ってくる女性たちには、ちゃんと諦めてもらいます」
「フィル……」
「ぼ、僕だって……ノルニでエディを独占できていた日々を自分で羨むほどには……嫉妬深いんですよ。忙しいエディのことをどこかに閉じ込めて、ひとり占めできたらどんなにいいかと……そう考えた事は、一度じゃないです。自分が誰かに対してこんな気持ちになるなんて、数ヶ月前までは想像もつかなかった……」
エディは僕を再び抱き寄せ、その腕の中に閉じ込めてくれた。
「フィル……俺は君だけのものだ。ずっと、フィルだけを愛している」
「ん……僕も……エディだけを愛しています……」
軽く唇を触れさせて、そう囁きあった後……エディがふと呟く。
「しかし、フィルの美しさを見せ付けると……俺の好敵手が増えてしまう。それは困る……」
僕は目を丸くしてそれを聞いていたが、我慢できずに吹き出してしまった。
「ふふ……もしそうなったとしても、エディに挑んで勝てる人間はいませんよ」
エディが眉尻を下げて、僕だけには敵わないと告げる。僕たちが笑い合う間に、ゆっくりと夜は深くなっていった。
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