121 / 216

第六章・5

   そして屈託なく笑うギルの表情もまた、ジーグと共に暮らすようになってから変わっていった。  以前なら、こんな無防備な笑顔は誰にも見せなかったはず。  いつも冷静に、沈着に。  今、目の前にいる人間に、どんな表情を見せ、どんな言葉をかける事が最も効果的か。  私の敵に回らず、味方となる可能性を高める所作は、何か。  打算が常に付きまとう言動がすっかり身についていたギルが、久しぶりに素の自分を取り戻しつつあった。  そう、まだ少年の頃ギルは、年上の先輩・ルキアノスを無条件に慕い、敬愛していた。  白金の翼で常に先へ先へと飛んでゆく、聖獣・タンの神騎士の後を、必死で追っていた。  彼と肩を並べたい。  彼と同等の力を得て、この上ないパートナーとして共にファタルのために、聖地のために尽くしたい。  だが、それは到底不可能なのだと諦めた時から、ギルは次第に笑わなくなっていった。  本心を、誰にも明かさないようになっていた。  終いには、ルキアノスを堕落させようとまで思いつめたのだ。  あの聖人君子のルキアノス様の翼をもぎ取り、私のいる場所まで、生々しい常人のさまよう浮世まで堕としてしまおうと。  それは、巧くいったかのように思っていた。  ルキアノスは、ギルへの愛欲を抑えられないところまで追い詰められた。  ギルの前では、他人には決して見せない心の奥までさらけ出すようになっていた。  しかし、ルキアノスのさらす愛情は、ギルをもまた追い詰め始めた。  初めは、肉体関係だけに留めていたはずだった。  彼を抱き、彼に抱かれることがあまりにも蠱惑的だったから。  あまりにも心地よかったから。  今では、その心の内まで愛おしく感じ、悶えた。  まさか。  そんな、馬鹿な。  これでは駄目だ。自分をもっとしっかり持って、彼を見下ろしてやるのだ。  必死で、そう自分に言い聞かせたこともあった。  だがやはり、ジーグという存在を得てからのギルは変わっていった。

ともだちにシェアしよう!