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第3話

 貯水タンクの裏側に回って勢いよくしゃがみ込む。  ここなら誰にも見つからないけど。  どうしよう、謝らなくちゃ。こんなことして女々しい奴だって思われる。  それでも僕は、周くんが助けてくれた事が嬉しくて、なんとも言い難い気持ちになっていた。  嬉しさと悲しさが同居したような気分で涙を拭っていると、僕の体に影が落ちた。 「あの、本当に悪かったって反省してたから」  周くんは、僕の目の前で膝を折って同じ目線になった。  数時間前、僕が手にした黒いパーカーを着て。 「許してやってもらえないか。あいつ少し、不器用なところあるから誠意が伝わらなかったのかもしれないけど」  周くんは、羞恥でますます俯く僕の顔を覗き込むように言う。  僕がさっきの件で怒っていると思っているんだ。  ちゃんと話すのなんて始めてだけど、僕はくぐもった声で答えた。 「大丈夫」 「ほんと?」 「うん、本当に」 「ふぅん。ならいいや」 「……」 「パーカー、掛け直してくれたって聞いてさ。ありがとな」  一瞬にして、頭が真っ白になった。  違うんだ周くん。僕は周くんが思ってる程良い人じゃないんだ。  綿貫くんに嘘を吐いたのが申し訳なくなった。 「実は違うんだ。掛け直した訳じゃなくて、気になったから手に取ってたんだ」  言えばもう、周くんと話すのは今日が最初で最後だろう。  それでもいいとさえ思えた。 「いつも、見てたから。その、黒いパーカー着てる君を」  指を差すと、周くんは自分の服に一度視線を落とし、顔を持ち上げた。  周くんの瞳には、情けなく眉をハの字にさげた男の顔が映っていた。  周くんは少し考え込んだ後、口の端を上げた。 「黒いパーカーが好きなんだったら、俺の着古したやつ、佐々木に一個やるよ」 「えっ」 「あ、そういう意味じゃないって?」  揶揄っている。  周くんってこんな人だったんだ。こんな風に笑って、こんな風に目を細めて。 「き、気持ち悪いって思ったんでしょ。ハッキリ言ってくれていいよ。僕はもう、君とは関わらずに卒業するって決めたから」 「え、何それ、悲しいな。というか意外。俺ずっと、佐々木に嫌われてるんだろうなって思ってたから。目も合わないし、全然話そうとしないし。逆だったってこと?」 「はい」 「ふぅん。そう」  周くんは相変わらずニコニコしていて、意図が読めない。  なんなんだろう。男に惚れられていたのがショックすぎて、感情が馬鹿になったのかな。  周くんは膝の上に肘を置いて頬杖を付いている。 「佐々木って、下の名前なんて言うんだっけ」 「……音斗(おと)」 「へぇ。いい名前だね」 「というか僕の名字知ってたの」 「はい? 逆になんで知らないと思ってたの。クラスメイトなのに」 「……僕のことよく知らないのに、なんでさっきあんな風に言ってくれたの」 「人の物盗ったりしなさそうだなっていうか……勘」 「勘かよっ」  思わず突っ込んで、笑ってしまった。  目の前の黒いパーカーのフードも時折上下に揺れる。 「勘っていうかさ、俺もずっと気になってたから、いろんな意味で」  そうだ。本当はずっとこうして、周くんと話がしたかったんだ。  周くんは言う。 「とりあえずさ、お友達から始めない?」 「友達?」 「おとって呼んでいい? お前も俺の事、周って呼んでいいから」  僕は今、爆発しそうな気持ちを封じ込めていた部屋の鍵を開けた。  雪崩を起こすかと思っていたが、代わりに穏やかな風が流れ込んできて心地よくなった。  これからこの部屋に鍵はかけない。いつでも誰でも、出入り自由だ。  立ち上がった周くんに続いて、僕も立ち上がる。  前を歩くその背中は、もう何度も見てきた。  でも僕を振り返って目を細めてくれる周くんは初めて見た。  これからの残り少ない高校生活は、とても有意義なものになると信じたい。   僕はもう一度目蓋を擦って、周くんに微笑みかけた。  ☆END☆  

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