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言葉はなくとも・前編
なんでこんなヤツを好きになったんだろうなぁと、思うことは何度もあった。
カッコいいし、優しいし、何より気が合うんだけど…アイツには1つ上の学年に、好きな人がいたから。
アイツ…笹井卓治が1つ上の冬二先輩を好きなことは学校中が知っているような当たり前のことだった。
だって卓治は人目もはばからずに「好きです」「抱きたいです」と毎日のように先輩を口説きに行っては、「またまた~」と冗談みたいに流されて振られていたから。
その猛アタックは先輩が卒業するまで続いて、先輩が卒業した後の卓治は魂が抜けたように覇気が無くなってしまった。
元々オレと卓治は仲がいい方だったからオレは慰めがてら毎日のようにそばにいて、何日経っても飽きもせず先輩のことを好きだ好きだと言う卓治のことが、それでもやっぱり好きだった。
だからあの日、「どうして先輩はオレじゃダメだったんだろう…オレなんて誰にも好かれないんだ」とか言い始めた卓治に、「……オレは卓治のこと好きだよ」とつい言ってしまった。
そしたら卓治が「晴彦~っ」って嬉しそうに笑ってオレにキスをしてきて、その日はそのまま子供みたいに真横に並んで手をつないだまま寝た。
それから、卓治は変わったと思う。
オレといつものように話したり、遊んだり、泊まり合ったり…普段の態度は今までと同じままなだけど、目に見えて明るくなったし、何より先輩を好きだとは言わなくなった。
そしてその代わりに…2人きりになった時に、時々手をつないだり、オレにキスをするようになった。
なんなんだろうなぁ、この関係は…と思いながらも卓治に触れられるのは嬉しかったし、聞いて友達でさえなくなってしまうのが怖くて、聞くに聞けなくてずるずるとそんな関係を続けていた。
そんな関係も高校を卒業したら終わってしまうかもと思っていたのに、卒業して別々の学校へ進学した今でも、卓治は毎週末当たり前のように会う約束をしてくるし、時々触れてはキスしてくる。
…だからオレは、好きだとか付き合おうとかそういう確実な言葉はなかったけど、オレたちは付き合ってるんだなぁと、いつからか思うようになっていた。
「なぁ晴彦、来週この映画見に行こ!」
今週も当たり前のようにオレの家へ来た卓治は、当り前のように来週の予定を決めてくる。
「映画?」
これこれ!と言われ、卓治が読んでいた雑誌を覗き込む。
「来週公開なんだけど、晴彦もホラー好きだったよな?」
「……あぁ、うん」
実はもう前売り2枚買っちゃったんだー!と、卓治は卓治の定位置となったオレのベッドの上でごろんと寝ころびながらピースしたが、オレは上手く笑顔を返せたか分からない。
(……まじか…ホラーかぁ…)
本当はオレは、ホラーの類…映画もお化け屋敷も、すべて苦手だ。
特に今回の映画のようなスプラッター系のホラー映画は、苦手を通り越して「気持ち悪い」しかない。
…ホラーが好きなのは、卓治と…オレじゃなくて冬二先輩。
だけどオレは、卓治にどうしてもそのことを言い出せなかった。
卓治に少しでも好かれたいから、ちょっと無理して卓治に合わせたり、実は服装とか髪型も冬二先輩にちょっと寄せてたりする。
オレと冬二先輩は顔や性格は全く違うから寄せたところで全然似てはないんだけど、それでも少しでも卓治の好みに近づけたらなぁって、そう思ってるから。
(でもホラーだけは、どうやってもキツいんだよなぁ…)
次の土曜、オレは冬二先輩をイメージした白と青で決めた服を着て、ポップコーンとジュース片手に映画を見た。
超大作とだけあって、無駄にグロッキーな映画。
何度も目を反らしつつも最後まで見きったオレ。
…映画の途中で吐かなかった自分を讃えたい。
(…うぇっ…)
「……卓治、オレちょっとトイレ行ってくるから、ちょっとこのゴミ捨てといてくれない?」
「わかったー」
卓治にゴミを渡し、人ごみをかいくぐる様に一直線でトイレへと向かう。
胃液が何度か戻ってきたくらいで実際に吐きはしなかったけど、本当に気持ち悪くて…便座で座ってさっきの映画を忘れるようにと、必死に違うことを考え精神統一した。
…あまり効果はなかったが、それでもさっきよりは気持ち的に落ち着いたと思う。
ふぅっと深呼吸してトイレの個室を出て、気持ち悪い口の中を水でゆすいでふと顔を上げると、鏡越しに誰かと目があった。
(……え?)
その人物に、気持ち悪さは完全にどこかへ吹っ飛んで、思わず目を瞠った。
「……冬二、先輩…?」
口を開いたのは、オレではなくて、今トイレにやってきたばかりの卓治だった。
「あ、卓治ー!久しぶり!そっか、卓治とよく一緒にいた子だ!今さ、そこの人なーんか見たことあるなぁって思ってたんだよ!」
そう言って冬二先輩は嬉しそうに笑った。
「…そうなんですか!先輩もあの映画見に来たんですか?ってか先輩何でここに?東京の大学に行ったったんじゃ…」
「大学は東京だけど、今夏休みだから帰ってきてんだー」
「そうなんですか…でもまさかこんなところで会えるなんて、思ってませんでした!」
「はは、オレもオレも」
すごく嬉しい!と声にありありと出ている卓治をチラっ見ると、オレには見せないような顔で破顔していた。
卓治は用を足しに来たか、オレを迎えに来たんだろうに…完全に2人の世界で盛り上がっている。
(……冬二先輩、やっぱり綺麗だなぁ)
もともと先輩は中性的な感じで、それでも女性と間違えられるようなことはなくちゃんと男らしさはあったんだけど、どこか儚げな感じがあって綺麗だった。
なのに今の冬二先輩は、それに加えて色気も入ったような…服装もオレと似たような色で纏めてあるのに、断然カッコよくて綺麗。
…オレがどんなに冬二先輩を意識して寄せようとも、似ても似つかないんだと改めて思い知った。
「…この後は暇?」
そう切り出したのは、卓治でなくてまさかの冬二先輩。
「え…暇!暇です!!」
そしてオレの顔を見ることなく即答する卓治。
(…確かに映画しか約束してなかったけどさ…)
まだ一緒にいるのに流石にそれはないだろうという思いと、まだ先輩が好きなんだなぁという思いがぐちゃぐちゃに入り混じる。
「そうなの?…あ、えーっと君は…」
眉毛下げながらオレの方を見てきた先輩。
名前を聞こうとしたのかオレに帰って欲しいのか、一緒にどう?と誘おうとしてきたのかは分からないが、もし後者だとしてもオレは断固拒否する。
先輩が続けてオレに何か言おうとしたその時になってようやく卓治もオレに目を向けたが、オレが遮るように口を開いた。
「…あ、オレのことは気にしないでお2人でどうぞ。ちょっと腹壊したから先帰るわ」
そう言って卓治の肩をぽんと叩いて、返事を貰うよりも早くトイレの出口へと向かった。
「え、晴彦!大丈夫かよ?お大事になー!」
卓治の声が背後から聞こえたのでチラっと振り返るが、振り返った時にはもう卓治はオレには背を向けて、冬二先輩と楽しげに話をしていた。
(……なんで今更現れるんだよ)
オレの顔は映画が終わった直後よりも真っ青だったに違いない。
帰りの電車で知らない人に席を譲られて、お礼をした後にゆっくりと腰掛ける。
ホラー映画と冬二先輩のダブルパンチに、正直、立ってるどころか座っているのもやっとだった。
この半年ほど、言葉はなくてもオレは卓治の恋人だと思って幸せに過ごしてきたのに。
(…何で今更現れるんだ)
(何で卓治を振ったくせに、平気で誘えるんだよ…)
2年前は当たり前だった卓治と冬二先輩が一緒にいる光景も、すぐに壊してしまいたくなるほど嫌で嫌でしょうがなかった。
(…でも卓治が冬二先輩についていくのは、今日できっと最後だ)
そう思ってたのは、どうやらオレだけだったようだ。
『 具合大丈夫かー?先輩ひと月くらいこっちにいるから、しばらく遊んでくれるって(*´▽`*)やったー 』
そんな呑気なメールが卓治から送られてきて、オレは何も返せなかった。
卓治は冬二先輩と再会した次の週、1度もオレと会うことはなかった。
…映画見た時、次の約束をしてなかったからしょうがないと思うけど、こんなことは初めてだった。
『 来週の土曜、卓治の家行っていいか? 』
『 うんー 夕飯どうするか考えといてー 』
珍しくオレから誘うメールをすると、すぐに返信が来た。
それだけで気分が少し浮上する。
そして何より、「来週は卓治に会える」ということよりも「来週末は卓治は先輩に会わない」ということにほっとした。
そうして迎えた土曜日。
ちょっと久しぶりに会うことに柄にもなくソワソワしながら卓治の家まで行き、インターフォンを押そうと手を伸ばすと、ガチャッ!とチャイムを鳴らすよりも早く扉が開いた。
「…ぅわ、びっくりした」
「っわ!晴彦…来てたんだ?」
扉を開けた勢いのまま外へ出てきた卓治は、オレと同じようにビックリしていた。
オレが来たのわかって出てきたのかと思ったが、そうじゃないらしい。
「ごめん、今メールしたんだけどさ、今日やっぱ無理になった。ちょっと冬二先輩んとこ行ってくる」
「え…?」
申し訳なさそうに「ごめん、ごめん」と言いながらもその場を後にしようとする卓治に、オレはただただ呆然とした。
それでもなんとか手を動かして卓治の服を掴み、無理やりその場に引き留める。
「なんで…?だってオレと約束してたじゃん」
「だからごめんて。…冬二先輩、彼氏と別れ話になって大変みたいだからさ…」
「……は?」
(…彼氏って、あの人男もいけたのかよ…)
高校の時は卓治の猛アタックを冗談みたいにかわしてたからノンケだと思ってたのに…
そんな話聞いたら余計行かせたくない。
「…だからって、オレとの約束破ってまで行くことなん?おかしくない?」
震えそうな声をなんとか落ち着かせてそう言うと、
「…大変な人放っといて呑気に遊べる方がおかしくない?それに、お前とはいつでも会えるけど、冬二先輩とは今しか会えないんだからさ」
そういうと、卓治はオレの腕を振りほどいて、あっという間に走って行ってしまった。
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