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言葉はなくとも・後編 (完)

それから、家までどうやって帰ったのか覚えていない。   " 明確な言葉はなくとも付き合っている " そんな風に思いながらも…本当はどこかで違うとも思っていた。 卓治は冬二先輩がいないから手近にいるオレに触れてくるだけで、恋人だなんて思ってないんじゃないだろうか。 冬二先輩がいたら、卓治はオレにキスなんてしないんじゃないだろうか。 冬二先輩が卓治に好きって言ったら、迷うことなく冬二先輩と付き合うんじゃないだろうか。 …そもそも、冬二先輩には「好き」だの「抱きたい」だの毎日のように言っていた卓治が、オレに対しては何も言ったことが無いし、実際にキス以上のことをされたことがない。 オレたちの関係は、友達と言うには近すぎたけど、恋人というには色々と足りな過ぎた。 それでもオレは、お前と恋人になりたかったし、そういう関係だと思いたかった。 (…結局、オレたちの関係は何だったんだろうな) そう言葉にして確かめることもなく、この関係はもう、終わりだ。 冬二先輩は大学生だからまだまだ休みなのかもしれないが、オレと卓治は専門学校生なので、夏休みはあっという間に終わった。 いつもの忙しい日常が戻ってきたが、オレはあれから卓治と連絡をとっていないし、会ってもない。 卓治からはメールや着信が何度か来てたけど、どうしても読む気にも出る気にもなれず、そのまま。 学校が違うし、自宅も何駅か離れてるから、連絡を取らないだけでこんなにも簡単に縁を切れるもんなんだなぁとぼんやり思った。 悲しいというより、呆然とする感じ。 それでも尚、卓治も冬二先輩が卒業した時こんな気分だったのかなぁと、卓治のことを考えてしまう自分が恨めしかった。 「あら、今日も出かけるの?」 「…うん。専門の友達と遊んでくる」 「夕飯は?」 「多分食べてくる。…行ってきます」 早く卓治のことを忘れたくて、平日も休日もなるべく家を空けて、学校にいる以外は専門の友達と遊ぶようにした。 自分の部屋は卓治との思い出がありすぎて、正直、いたくなかった。 玄関を開けて外へと出ると、自分の気持ちとは裏腹に雲一つない澄み渡った青空が広がっていた。 (何駅で待ち合わせだっけ…) 暑い日差しの中のんびり歩いて最寄りの駅につき、汗をぬぐいながら、切符を買う前に約束の場所が書いてあるメールを探す。 すると、メールを見つけるよりも先に急に画面に暗く影が落ち、携帯を持っていた右腕をがしっと掴まれた。 「…晴彦、やっとつかまった」 「……卓治…」 手を辿ったその先には、卓治がいた。 「ちょっとこっち来て」と、答える間もなく腕をグイグイと引かれて、駅を出てすぐの人通りの少ない路地裏へと連れていかれる。 足は止まっても、卓治のその左腕はオレを掴んだままだった。 「……」 「……」 連れてきといてなかなか喋り出さない卓治。 卓治との沈黙に、こんなに緊張するのは初めてだ。 「…なんでメール見ないの?なんで電話でてくれないの?」 掴んだオレの右手を見るように、少し俯いて卓治が言った。 (…なんで?なんでとか本気で言ってんの?) 卓治の無神経さに腹が立ち、振りほどくように右手を強く引いたが、卓治の腕の力の方が強く、離してもらえなかった。 「…約束破ったり他の人優先したのは、オレが悪かったけど…でもそんなに怒ると思ってなかったし…ほんと、ごめん。でもな、メールも電話も無視されて、家に行ってもいつもいないんじゃさ、謝るにも謝れないじゃんか…?」 「……っ」 まるで子どもを諭すように優しく言われて、もともとは悪いのは卓治なハズなのに、まるでオレだけが悪いことをしている気分になる。 思わず俯いたオレの頭に、ぽんぽんと、卓治の手がのせられたので、空いている左手で振り払った。 「晴彦、メール1つも読んでくれてないだろ…」 「……」 オレの無言の返事に、卓治ははぁっとため息をついた。 「あのね、先輩ね…」 「もういい。別に聞きたくないから、離して」 会話を遮ったオレの言葉に、卓治は手を離すどころか握る力をぎゅっと強くして、もう1度話し出した。 「…先輩ね、こっち帰ってきてオレとばっか遊んでたせいで、彼氏さんがオレとなんかあるんじゃないかって勘違いしたらしくて…そんで彼氏さんがわざわざこっちまできて喧嘩になっちゃったみたいなんだ」 「……」 (……実際に卓治は先輩を好きなんだから、勘違いじゃなくて正論じゃんか) そう思ったけど、言葉には出さず無言でギっと卓治を睨み付ける。 「そんで、晴彦と約束した日にさ。彼氏さんが別れ話したまま「もう帰る!」とか言い出したみたいで。そんで慌てて誤解だって言いに行ったの。…約束破ったのは悪いと思ったけど、ちゃんとそういう説明のメール送ったんだよ?…でも、急いでてもちゃんと晴彦と話すべきだった。ごめん」 「……」 卓治はちゃんと謝ってくれてるのに、オレは謝るどころか、返事さえもできなかった。 「……でもね、晴彦が行かせてくれたおかげで、誤解とけて、先輩たちちゃんと仲直りできた。ありがとね」 (……オレは行かせてないし。むしろ引き留めたし。) 卓治がどこまでも優しく諭すから、本気でオレだけが悪いように思えてきてしまった。 (…っていうか、卓治は) 「…卓治は、それでよかったのか?せっかく冬二先輩につけ込むチャンスだったのに、ワザワザくっつける真似して…それでよかったのか?」 むすっとしたまま睨み付けるように言うと、卓治はきょとんとした後、なぜか盛大に笑った。 「やっと話したと思ったら何それ?あー…もしかしてそれで怒ってたの?晴彦もオレが冬二先輩狙ってるって勘違いしてたの?なんだー、そうだったのかー!それは流石に分かんなかったなー」 そう言いながらもまだ笑ってる卓治にイラっとして、もう一度睨み上げる。 「…だってお前冬二先輩のことずっと好きだったじゃん。…冬二先輩が男もイケて、しかも別れ話とかなったら尚更そうだと思うだろ…」 すると卓治はまたけらけらと笑って、 「なんでそう思うんだよ?今はお前がいるんだからさ、冬二先輩追っかける訳ないじゃん」と、当たり前のように言った。 (そりゃ、オレはいつだってお前といたけど…) お前が言うように、オレはいつも卓治のそばにいた。…キスだってした。 だけど、オレたちが一体なんなのか、オレには分からない。 卓治はオレとはいつだって会えるって言ったけど、オレはいつか急にこの関係が終わるんじゃないかって、本当はすごく怖かった。 「……お前にとって、オレって何なの?」 「え……?」 そう質問した途端、さっきまで饒舌にしゃべってたくせに、卓治は急に口を一文字にして黙り込んだ。 それでもじっと睨みながら返事を待つと 「………恋人、じゃ、ないんですか?」 と、弱々しい声で、それでもオレの耳に届くような声でちゃんと答えた。 「……卓治も、恋人って思ってくれてたんだ」 オレがぽつりと返すと、卓治は顔から耳まで真っ赤に染まった。 「冬二先輩ん時はあんなに好き好き言ってたのに、オレには好きとか言ってくれないしさ…オレの約束より冬二先輩選ぶし…だからてっきり、卓治はオレのこと恋人とか思ってなかったんだろうなって思ってた」 「いや…それは…その…」 信じられないやら嬉しいやらで卓治を呆然とみつめていると、卓治はゆっくり口を開いた。 「…晴彦は、なんでもオレのこと分かってくれるから…晴彦には言わなくても伝わるもんだって思ってたんだ。それに…」 「…それに?」 「……本当に好きな人に好きっていうのって、すんげー勇気いる。冬二先輩ん時はさ、好きだと思ってたけど口にしても何ともなかったのに…晴彦に言おうと思うと、もう、心臓バクバクし過ぎて、死にそー…」 そういうと卓治はずっとオレを掴んでいた手をようやく離して、両手で真っ赤な顔を覆った。 そんな卓治にオレは、ぽかん、だ。 嬉しいを通り越して、ぽかん、だ。 なんだこの可愛い卓治は。 こんな卓治、今まで見たことない。 「…言葉にしなくても、わかることもあるけどさ。全部が全部わかるわけじゃないだろ。…お前だって、オレがホラー苦手なこととか知らないだろ?」 そう言うと卓治は手を少しだけ下げてチラッと目だけを出した。 「……知ってたよ。最初はホラー好きだと思って勘違いして誘っちゃったけど…なんかめっちゃビビってて…可愛いなぁ…とか…思って…そのまま誘ってました。スミマセン」 オレは「ふざけんな!」とチョップをして誤魔化したけど、その言葉に、オレも卓治みたいに真っ赤になっているに違いない。 今の卓治は顔をほとんど隠したまんまだけど、真っ赤でにやけまくってて、言葉にしなくてもオレのことが好きなんだなってすごく伝わる。 だけど… 「…言わなくても分かることもあるけどさ、ちゃんと言葉にしてほしい時だってある。…毎回じゃなくていいから、たまにでも言えよ。オレだって不安になるんだ…」 「…うん」 そう言うと、卓治は顔を隠してた手をオレの肩にお置いて、顔をゆっくり近づけて、オレの口に触れた。 「……晴彦」 「……何?」 「………朝飯、納豆だったろ?当たり?」 …言わなきゃ伝わらないこともある。 だけどな、卓治。 「…言わなくていいこともあるんだ馬鹿野郎」 終   2015.5.8 「納豆は確かに食いました!でもちゃんと歯磨きしたし、ガム食ったし!」 「わかってるよ、ちゃんと爽やかだったよ!だけどそんななかから僅かな香りを探り当てて答えを導き出すオレ、流石です」 「きしょい。もうマジで黙って…」

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