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第4話 王道シチュエーション

「……え?」  一回じゃ終わらずに、二回三回って男同士のセックスが初めてのわりに、お互いになんだか満足いくまで堪能していた。 「は? あ、イテテ……イタ……」  学生の時以来だな、朝、起きて、酔いも抜けて我に返ってから、ベッドの上で慌てるっていうシチュエーションは。  でも昔、ベッドの中で慌てていた声は、高い声が少し酒とセックスの名残で擦れた感じの女の声だった。今、上擦ってはいるけれど、隣から聞こえてくる声は、れっきとした男の声。 「やっぱ、痛む?」 「うわぁぁああっ!」  少し前から起きて、林原先生の寝顔を観察していた俺は、彼がもぞもぞと朝日に反応し始めた辺りから、寝たフリをして様子を伺っていた。  だらしのないパカッと開いた口はすごく呑気だけれど、昨夜のベッドの中じゃ、この唇にキスをしたくてたまらなかった。やらしい声を震える唇が零す様子に、じっと見入っていた。そして今朝、呑気な寝顔でその唇から涎を垂らしていても、いまだにキスをしたくなる衝動が沸き起こってくる。 「……壁は厚いからご近所迷惑にはならないけど……俺の鼓膜が破けるよ」 「な、な、ななな」  昨日堪能した柔らかくて少し薄い唇が、同じベッドで裸で横になっていた、隣の机の“金沢先生”に驚いて、パクパクと空気しか出せていない。そしてその唇に今すぐ噛み付いてしまいたい。朝だし、昨日セックスした名残が鮮明に肌に残っている姿は、やたらと刺激的だ。 「おはよーございます。林原先生」 「お、は……よーございます」 「覚えてます? 昨夜の事」  お……顔を赤くした。というか、この状況で他の設定は思い浮かばないだろうけど。朝、裸で同じベッド、ちょっと激しすぎたせいで、下着もお互いに付けてないし。  昨日は散々セックスを堪能していた。部屋に連れ込んで、まさに送り狼になった俺はともかく、そんなつもりはなかっただろう林原先生も、自分から腰を振って、気持ち良さそうに肌を染めて喘いでた。……なんて思い出したら、ちょっとまたムラムラしてくる。 「な、な、金沢、先生」 「はい、そうですよ」 「あの……」  裸のままジリジリと近寄ると、彼もジリジリと後ずさりをして、そのまま壁に追いやられ、逃げ場を失ってしまった。 「……」  とりあえずセックスをしてしまった、なんていうのは男にはよくある事で、目が覚めて、なんでこの子と、ってかなり失礼な溜め息をついてしまう事もある。男なんて所詮そんな生き物なんだ。快楽に滅法弱い。 「ち、近いですよ」  だから、もちろん林原先生はそんな快楽に負けてしまったんだろう。 「そうですね」  俺も最初はそんな感じに思っていた。男同士で恋愛、と言われても、結婚がその先にあるわけじゃない、一生添い遂げるって言ったって、子どもも出来ないんじゃ、家族としては不十分だし、何より非公認だ。特にここ日本では。  だから隣の席でキラキラと純粋で無邪気に、日向育ちの笑顔を向ける林原先生の、ふとした時に見せる、ジャージですら漂う色気に俺は当てられてしまっていた。そしてそんな色気が飲み会の席で、増幅して、シャツっていういつもとは違う服装の襟口から零れて、俺の下半身を刺激している、そんな感じに捉えていた。 「だからっ近いって!」 「そりゃ、近くないとキス出来ないでしょ」 「は、はぁ? んくっ!」  でもそれは違ったみたいだ。  その事を確かめようと、朝、酔いも抜けた状態でキスをしてみた。ブチュッと重なった唇は昨日のような官能的は味はしない。どちらかといえばパニックになって、パクパクしているコミカルな唇だけれど、それでも俺はゾクリとした。 「んっ……ン」  舌を挿れたかったけど、ちょっとそこまですると朝から下半身を宥めるのが難しくなりそうだから、啄ばむ程度で我慢する。 「――好きです」  自然と言葉が出てきた。  欲情していたけれど、その身体を繋げてみて、はっきりと自覚した。 「林原先生のことが好きです」  理由はなんだろう。身体、が一番の魅力っていうと、なんだかやりたいだけみたいだけど、まぁ……出来るならいくらでも襲いかかれるけれど、そうじゃなくて、このちゃんと肩幅もあって、筋肉だってある、抱き締めても、すっぽりと腕になんて収まらない。腰もごつごつしているし、背だってほとんど変わらない。立った状態でキスをするとしたら、女相手みたいに屈む必要はない。目線はほぼ一緒。つまりどこからどう見ても男だ。女の代用なんかじゃない。この普通に男である、体育教師っていう、ちょっと関わりの少ない分野の人間に惚れてしまった。 「あの、俺、男っすけど?」 「知ってますよ。昨日、林原先生のムスコ、俺が扱いてイかせてあげましたから」 「ギャ――――!」  やっぱり覚えているみたいだ。かなり酔っ払っていたけど、俺の名前をちゃんとセックスの最中に呼んでいたし、しっかり自分から腰振っていたし、途切れ途切れでも、色々と記憶には残っているだろう。 「でも好きになりました」 「あ、あの、これは」 「なのでこれは一夜の過ちにはなりませんので」  ニッコリ笑うと、ものすごく困惑して、また唇がパクパクと空気だけを吐き出している。 「とりあえず、朝飯、食います?」 「へ?」 「服、俺の着てください。そんなに体型変わらないはずだし」 「あ、あの」  昨日抱いた時に、大体だけれど身体のサイズを知ったから、そんな言葉を笑顔に込めると、察知したらしく、耳まで真っ赤にしている。 「金沢先生! その昨日は!」 「覚えてなかった、ごめんなさい……っていう展開にはしてあげないんで」  困った顔もそそるって、これはかなり嵌っている気がする。その顔が見たくて苛めてしまうくらい、そこまで夢中になった相手はここ最近いなかった。どこかドライだと、相手にも言われたけれど、そんなの本人が一番感じていた事だ。  でもまさか男相手に、久し振りに夢中になれそうだなんて、笑える。 「多分、ベッドから出るの大変だと思うんで、はい、これ着替え。林原先生のシャツとかは洗っておきます。ちょっと飛ばしすぎで、着れないから」 「と、ばす?」 「せーし」 「!」  シーツも変えた。ただ洗って乾燥させるところまでは、昨日のあの状況じゃ出来なかったから、洗濯カゴに詰め込んだままになっている。  事実だと認識しながらも、林原先生はその飛ばしたものが自分ので、そこまで盛大に感じまくっていた事にまだ慌てている。 「お、俺! あの! うわぁぁ」 「ちょっ」  言ったそばから立ち上がって、その拍子に腰から砕けるようにへたり込み、体育教師のくせにバランスを崩して転げ落ちそうになる。 「危ないから、ここで待ってて?」 「!」  片腕で身体をキャッチされて、顔を赤くしながらこっちを見上げる、ってまるで王子とお姫様のワンシーンのような光景を、男ふたりでやっていたら、ちょっと笑えてきそうなものなのに、俺にはその赤いトマトみたいな顔すら可愛く見えた。  至近距離で頬を染めている、そんな男に、朝から襲い掛かってしまいそうなくらい、まるで魔法みたいに、嵌っていた。

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