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第14話 キスに夢中

「アハハ、なんか変な感じ」 「はぁ?」  全部が全部変な感じがした。  俺の車を郁登が運転している事も。その郁登がいつもみたいに素直で良い子ちゃんじゃない事も。俺が子どもみたいにはしゃいで浮かれて、助手席のダッシュボードの上に足を乗っけて、ずっとにやけている事も。 「そこを右」  無言で俺の案内どおりに車を運転している。もちろん目的地は俺の部屋だ。そして部屋に辿り着いてしまったら、それこそお茶だけどうぞってわけにはいかない。こっちはセックスする気満々だ。  こっちの不貞腐れている郁登のほうが俺には数段魅力的だった。そんなに飲んでいないって、居酒屋を出た時は思っていた。隣に座った彼女の視線を冷静に受け止めながら、ずっと冴えきった頭の中では、郁登の顔ばかりが浮かんでいた。店をひとりで出て、駅前に向かって歩く間も足取りは乱れることなく、真っ直ぐに歩けていた。  それなのに、郁登の姿を見て、郁登に唇を噛まれたら、急にアルコールが身体に回り始めた。度数の強い、原液じゃとても飲めないような酒を一気飲みでもしたみたいに、身体が熱くて仕方がない。皮膚がヒリヒリと焼けているみたいに熱くて、なんだか痛いくらい。 「あ、そこ、五番ってある場所に停めて」 「……」  自分の車じゃないからなのか、どことなくぎこちないけれど、何度か切り替えして車を停め終わる。郁登は黙って、エンジンを切ることなく、ただ真っ直ぐ前を見ていた。 「ありがと」 「……」 「帰る?」 「はぁ?」  黙っていた郁登にそう尋ねたら、グリンと首をこっちに向けて、思いっ切り怒った顔をしていた。 「な、なんで、ここまで来させておいて、運転させておいて、帰る? になるんだよ!」 「だって断るの苦手なんでしょ?」  帰る? ――もしも帰りたいのなら、ただ頷くだけでいい。断るのが苦手な郁登には一番簡単に、この車から、このあと俺がしたい事から逃げられる。もしもここで、部屋に上がる? って尋ねて、頷かれても、それは断りにくかったからかもしれない。だから俺とセックスすることになる選択肢を選ぶしかなかった、じゃなくて、自分からその選択肢を選んで欲しかった。 「帰る?」 「帰らない」 「それって俺とセックスすることになるけど?」 「!」 「好きな相手を部屋に上げるんだから、そうでしょ」  ゴク、って郁登の喉が鳴ったのはわかった。エンジン音にも邪魔出来ないくらいに、郁登の些細な反応も見逃さないようにって、ものすごく集中して見つめていたから。 「ほ、ホントに?」 「何が?」 「ホントに俺の事、好き……なわけ?」 「好きだよ。すごく夢中になってる」  男なのに、可愛くて、蕩けそうに好きだ。尖らせた唇も、睨むような目つきも、不貞腐れた言葉も、全部ににやけて仕方がない。 「郁登は?」 「……」 「俺のことどう思う?」  その困ったような顔もそそられる。苦笑いじゃなくて、照れて、どう反応したらいいのかって困惑した顔が、下半身にダイレクトに響く。 「いいや」 「え?」 「言葉はそのうちでいい。それより、今、ここでキスしてくれたら、俺はそれを好きって意味に捉えるよ」 「は? だって、ここ、外」 「いいよ、見られたって、別に、それよりもキスしてよ」 「!」  断るのが苦手な郁登にはこの頼み方じゃ、ほぼ強制なのかもしれないけど。俺は助手席に座ったまま、ほんの一ミリも郁登のほうへ近付いていない。だからキスをするのなら、それは郁登のほうから身を乗り出さないといけない。 「……」  真っ赤、そのまま窒息でもしそうなくらいに真っ赤になった郁登が、ゆっくりと、どこか躊躇いがちにハンドルから手を離して、助手席側のドアへと手を伸ばす。もう片方の手は運転席の背もたれについて、身体を支えるようにして、そしてゆっくり、そっと身を乗り出した。  駐車場はほんの少しの街灯しかない。その微かな光りを遮るように、郁登が覆い被さってきて。 「ん」  そっと、さっきは噛み付いたくせに、今度はおっかなびっくりって感じに唇が重なった。ただ重なっただけのそれはまるで挨拶みたいだった。そしてその柔らかい唇をペロッと舐めたら、いきなりビクッと驚いて、唇を離してしまう。 「な、なんか、血?」 「? さっき自分から俺に噛み付いたんじゃん」 「ご、ごめ」 「いいよ、ゾクゾクした。最高に」  暗い中じゃ見えないけど、きっと赤くなっているだろう自分の唇を舐めたら、俺がゾクゾクしたのと同じように、身体が熱くなったように瞳を潤ませて、郁登が大きく一度喉を鳴らした。  もう無理、我慢の限界だ。  早く部屋に行こう――そう言った自分の声が笑えるくらいに上擦って、掠れていた。 「か、金沢せん、せ……ン」  玄関を開けると、一歩を踏み出すのを郁登が一瞬だけ躊躇う。それを強引に手を引いて、連れ込んで、舌で舌を絡め取るみたいに、身体が逃げ場を失うように締め付けながらキスをした。 “まだ逃げんの?”  って、舌を耳に差し込みながら尋ねたら、郁登が身体がゾクゾクっと高熱に震えるみたいに腕の中で暴れた。 “わかんない”  そう上擦った声が答えて、頭も身体もおかしくなりそうで怖いって囁かれた。激しく欲情している自分に戸惑って、何かに急かされている足を一瞬踏み出せなかったんだ。この一歩を踏み出したら、きっと大変なことになるって、そう不安がよぎったのかもしれない。  俺はその不安をもうすでに味わったよ。  郁登と初めてセックスしたあの晩に。 「あ、ダメっ! あ、ヤっ」  寝室に俺が先に入って振り返ると、薄暗い中でもわかるくらいに郁登の瞳が濡れていた。ゴクッと喉を鳴らしたのがわかる。ここで一度味わったセックス、その時以上に興奮している自分を実感している。 「キスしかしてないけど?」 「んなっバカ! 言うな!」  腕を引いてベッドに押し倒しても、抵抗は一切されなかった。ベッドに沈んだ郁登の上に覆い被さって、顔を見ながら、ジャージの下、直接じゃなく、Tシャツの上から乳首を摘んだら、もうその前からぷっくりと尖らせていた。 「郁登って敏感だよね……」 「んや、ぁ……も」  もうダメ? もっと? どっちがその後の言葉に続くのか、探るようにじっと上から見ていたら、薄く開いた唇をキュッと結んで何かに耐えている。 「郁登?」 「や、信じらんねー……も、ィきそ……」  信じられないのはこっちだよ。そんな遠慮がちにしながら、俺の理性を吹っ飛ばす事を囁いてさ。 「キスくらいで?」 「だ、だだだって! 金沢先生、キス上手いんだよ! 車ん中でも、こっちはもう……」  もごもごと口の中でだけ何か文句を言っている。学校の先生らしい、太陽の下で育った郁登のハキハキとした口調は消えて、さっきから熱に上擦った欲情した声になっている。 「健人(たけひと)だよ」 「え?」 「俺の名前、健人、言ってみて? 健人、お願いイかせてって」  そう耳を愛撫しながら、直接身体の中へ言葉を届けるように囁いて、乳首をきゅっと甘く摘んだら、あの晩を鮮明に思い出させるような、色気たっぷりに変わった郁登の声にこっちの理性が吹き飛んだ。

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