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弟と旅行編 8 夏は浮かれるものなんです。

「それじゃあ、慶登、あんまり大須賀さんに迷惑かけないように」 「もちろんっ、郁兄も、健人さんと末永く」 「あー……あはは」  並ぶと……似てる、かなぁ。というか、弟クンのキャラクターが濃くて、わからない。似てるかもしれないけど、濃いから、もうなんか別次元っていうか。  郁登が弟クンの彼氏さんに、弟を頼むと託すように挨拶をする。弟クンの彼氏は誠実で優しそうだから、兄弟だけれど好みのタイプはまるで違うのだけは確かだ。俺はあの彼氏さんのような誠実さはないでしょ?  何せ親類の旅館で特別良い部屋を用意してもらったにもかかわらず、青姦まがいのセックスしちゃうんだからさ。 「じゃあ、俺たちはこれから水族館だから」 「うん。元気でね、郁兄」  それじゃあ、と一歩下がって兄弟の挨拶を眺めていた俺はまたもう一歩下がりながら会釈をした。 「あー、それと」 「ほへ?」  兄にうなじのところを指で突付かれて弟クンが不思議そうに首を傾げた。 「見えてるよ? キスマ」 「! えへへ」  あ、仕草はそっくりだ。ほら、郁登も今、首を傾げた。その雰囲気とか所作がそっくりだった。 「ま、いっか。愛だからさ」 「うんっ、えへへへ」  もう一つ、笑った時の頬のもちもち感も、似てそうだなぁって。でも、まぁ、それを確かめるのは彼氏さんに叱られそうだから、ずっと叶わないだろうけれど。 「じゃあね」 「うん! じゃあね」  弟クンがぴょんと跳ねた拍子にほわほわな猫っ毛も手を振るように揺れていた。  俺たちはそのまま帰るのが少しもったいない気がして、水族館に寄ることにした。車だし。帰り道とは逆方向なんだけど、渋滞には巻き込まれないだろうからって。 「弟クンはなんかしっかりしてそうだよね」  弟クンたちはこの後帰るんだっけ? 犬飼ってるって食事の時に話してた。迷子になった犬を学校で保護して、一緒に暮らしてるって。だから早くに帰るって、嬉しそうに笑ってた。帰るのに残念な顔をしないっていうのもさ、素敵だなぁと。うちに帰る、そのことにあんなふうににっこり微笑む、そういう「うち」を作れる二人は。 「うちに帰るって、嬉しそうに笑ってて可愛かったね」 「……」 「心配すること全然なさそうだったじゃん。優しそうな彼氏だったし。誠実そうで、慶登君のことものすごく大事にしててさ」 「……」 「幸せそうだった」 「……」  郁登は無口なほうではない。 「郁登?」  その郁登が何も答えず海ばかりをじっと見つめていた。運転中の俺はだんまりのままな郁登を覗き込むこともできず、信号がない道をただただ進んでいく。 「どうかした?」 「…………俺らはそうでもないみたいじゃん」 「郁登?」 「幸せそうってさ」  まさかの、ってやつだ。 「俺たちは? なんか、それじゃ、俺たちはあんま」 「めちゃくちゃ幸せですけど?」  まだ早い時間帯だからそう混んでないし、ちょうど海岸線沿い、車両トラブル用の予備スペースなんだろう。車が二台くらいは止められそうな場所があったから、そこに車を寄せた。  別に車両トラブルじゃないけど、車内はちょっとトラブルってことで数分だけ。 「なんで止まんの? な、何そんなにやにやして」 「いやぁ、だって」  怒った顔も拗ねた顔もあんまりしたことのないしっかり者で優しい優しいお兄さん、なんだってさ。 「だから、なんで笑ってんのっ」  でも、今、目の前にいるのは拗ねた顔に、不貞腐れた顔の、怒りんぼ郁登。 「でも、郁登、俺は誠実そうじゃないし、露天風呂のところで青姦まがいのセックスしちゃうし、誰より愛しいと思ってる恋人との始まりは酔った勢いのセックスだよ?」 「っ」 「でも、大事に思ってるよ」 「……」 「郁登のこと」  そっと口付けた。郁登の後ろには真っ青な海が広がっていた。 「誰よりも大事に思ってる」 「……」 「愛してる」 「……」  納得した? 口まだへの字だけど。  ここで押し倒したくなっちゃうじゃん。 「郁登は常々可愛いってば」 「……」 「ご機嫌直して?」  あっちが幸せそう、なんじゃなくて、あっちはあっちで幸せにしててよかったね、ってことで。こっちはものすごくしっかり幸せでしょ。 「…………直った」 「それはよかった」  やっぱり兄弟だね。昨日、なんか弟クンも食事の時にへそ曲がりしてたっけ。その時の感じと今の郁登は少しだけ似ている。 「さてと、それじゃあー」 「ぁ、水族館は行く!」 「りょーかい」  進路変更はなし。そのまま車道へと戻るため、背後からの車を確認して、いざ、出発。 「な、なんで健人、笑ってんの」 「いやぁ……だって」  ――ふつつつかな、兄かもですが、ぁ、でも優しくてしっかりしてる兄なので、ぜひ、宜しくお願いいたします。 「や、だから、なんで笑ってんの」 「あははは。あ、そうだ、慶登君に、俺、郁登のこと愛してるって、言っといたから」  嬉しいことがあると頬がピンクになるのも兄弟で似てる。 「さ、水族館に行こうか」  あぁ、そうだ慶登君も水中生物好きらしいよ。さっき、フロントのところで話したんだ。学校にある大きな水槽の掃除が大変なんだって一生懸命に話してた。  そして、車内トラブルが終わった車の中、愛してると宣言した俺に照れ隠しのへの字口をしてみせる、案外しっかりしてなくて、案外、甘えたな愛しい恋人との楽しい水族館デートにやっぱり俺は浮かれてた。

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