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第2話
「おい。戻ってこい」
栗原に言われてはっと我に返る。
「陸くんの体でも思い出してた?」
「……馬鹿言え」
「まあ……お前のそのヘタレな性格で愛想尽かされたんだろうけど、陸くんは感謝してると思うぜ」
「…………」
「あんなどん底人生からお前が救ってくれたわけだし」
な、社長。からかうように栗原に言われて、哲也は苦笑いする。
「お前も似たようなもんだろ」
「いや、お前、年収ウン億のIT社長としがない医者を一緒にすんな」
心外だというような顔をして栗原が言い返してきた。
そうは言っても、この栗原晃という男は昔から頭のいい優秀な奴で、イケメン具合も手伝って今までほとんど苦労もなく、ストレートで医大まで進み、そのまま医大病院の花形麻酔科医として居座っている。そしてついでに言うと、哲也の小学校からの幼馴染みでもある。
哲也自身も、まあまあ不満のない人生を送ってきたと言えるかもしれない。表面的には。比較的裕福な家庭に生まれて、小さいころから必要な物は何でも買い与えられた。
けれど、両親は幼かった哲也が本当に欲しかったものは与えてくれなかった。父親は商社マンで忙しく世界中を飛び回っていたし、母親はママ友付き合いと愛人に夢中で家にいることなどほとんどなかった。
そんな家にいるのが苦痛で。中学生の頃からハマった投資で勝手に自分の自由にできる金を貯めて、大学進学と同時に家を出た。それきり実家には戻っていない。
どうやら自分はまあまあ頭もキレるし、運もいいようだ。そう思った哲也は大学在学中から着々と準備を進め、最終的に情報処理系のIT会社を立ち上げた。
これがあっという間に軌道に乗って、今では雑誌の取材を申し込まれるほどの、その業界では30代手前にしてそこそこ名の知れた実業家となっていた。
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