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第1話
「で。まだ未練たらたらなわけか」
「……まあな」
高級地にひっそりと佇む隠れ家的な洋風居酒屋の個室で、小牧哲也は小洒落た皿に盛り付けられた鯛のカルパッチョを口に運びながら答えた。
「お前にしては珍しいな。いつもさっさと忘れるじゃん」
「お前なぁ……俺が薄情な奴みたいに言うなよ」
「え? そうじゃん」
「違うわっ。踏ん切りがいいって言ってくれ」
「……物は言い様だな」
呆れたような顔をして、栗原はビールのジョッキを手にした。
「急に出て行ったんだろ? 陸くん」
「まあ……」
「なんかさぁ。何にも言わないで消えるようなタイプには見えんかったけどな。礼儀正しいし、真面目そうだったし。お前にめちゃめちゃ惚れてたよな、あの子」
ちゅーか。そう言って栗原はビールを一口飲んでから続きを口にした。
「お前に依存してたよな」
「…………」
依存、という言葉が正しいかどうかは分からないが。確かに、陸はいつも哲也に精一杯尽くしてくれたし、気持ちも表してくれた。
「で、お前もな」
「は? 俺?」
「そうじゃん。捨てられて1ヶ月経ってもうじうじしてんじゃん。なんか、付き合ってるときもお前らって、なんて言うか、補ってる感じだったよな」
「補う?」
「うん、なんか、お互いの弱いとこ補う感じ?」
そう言われて2人の関係を思い出してみるが、自分ではよく分からなかった。
「まあ、お前はともかく、陸くんがお前に依存するのは分かるわ。お前しかいなかったんだろうし」
「…………」
その栗原の言葉で、ずっと気になっていることが頭に浮かび上がってきた。
真野陸には、家族がいない。生まれてすぐに親に捨てられて、孤児院で育った。そこから高校卒業まで養護施設で過ごして、その後は住み込みでずっとホテルの厨房で働いていたらしい。
そこのホテルの料理長の好意で調理師免許を取るまで指導を受けて、それなりに順調に人生を過ごしてきたらしかった。しかし、ある出来事が陸の人生をどん底に落とした。
真面目で人がいい陸。あいつは、簡単に人を信じるところがあった。仕事仲間でギャンブルにハマり借金まみれになった奴がいて、そいつの連帯保証人なんて、ベタ過ぎるほど胡散臭い状況に自分を追い込み、見事に罠にかかってしまった。
仕事仲間には逃げられ、陸が借金を負うことになった。もちろん、そんな簡単に払いきれるわけがない。ただ、こういうとき、怪しい貸金業者は色々な回収方法を持っているものだ。
陸は哲也より2つ年下だったが、年齢より若く見え、女みたいな容姿だったので、若い男好きの金持ちの男相手に身売りして精算させられていた。
そんな生い立ちだったため、陸にはそもそも帰るところも、頼れる人間もいなかった。
哲也の元から消えた時。まるでふと思い立ったかのように、着の身着のままで姿を消した。持って行ったのは、いつも使っていたバックパックと財布、あとは携帯だけ(何度かけても繋がらなかったが)。
そんな状態だったので、今一体どこでどう生活しているのか見当もつかなかった。そこが、哲也にとっては最も気にかかるところだった。無事でいてくれるといいのだが。
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