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第11話

 回想にふけっている間にすっかり伸びてしまったラーメンをすすりながら、物音のした窓へと目を向けた。  いつの間にか雨が降っていた。随分久しぶりな気がした。哲也は夜が更けるにつれて部屋が寒くなってきたのを感じ、立ち上がるとエアコンの電源を入れた。  再びリビングへと戻り、ラグの上にあぐらをかきながらラーメンをすする。陸がいたときはちゃんとダイニングテーブルで食事をしていたが、今そこは郵便物や日用品が乱雑に散らばった物置場所と化していた。  あの後、哲也たちは哲也の気に入っていたラーメン屋に出向いて、そこで色々とゆっくり話をした。その時、陸の生い立ちや、借金についての詳細も聞いた。哲也も聞かれるがまま自分のことを話した。  哲也という人間を知るにつれて、陸はおそらく本来持っていただろう、笑顔の多い人懐っこい部分を見せるようになり、可愛いな、と思ったのは覚えている。  自宅マンションへ連れ帰った時。さっきまで笑顔で色々と話していた陸が、急に黙った。緊張がこちらにも伝わってくるほどに。そこで哲也は、そう言えばはっきりさせていなかったな、と気づいた。 『なあ、陸くん』 『……はい』 『はっきりさせておいた方がいいと思うんだけど』 『……はい』 『俺は別に、陸くんをどっかの愛人とかみたいに囲いたかったわけじゃないから』 『…………』 『まあ、確かに胡散臭いけどさ。初対面でいきなり借金肩代わりして、一緒に住もうって言われたら』 『……あの……』 『ん?』 『俺……覚悟はできてますから……』 『……いや、だからそういうんじゃないんだって』 『今までもそういう申し入れみたいなのはあったんです。店のお客さんで。でも、気持ち悪いおっさんばっかりで……。だけど、あの……哲也さんは、そんな奴らとは違うし……その……』  どう言っていいのか迷うような顔をした後、陸が再び口を開いた。 『……優しかったから』 『…………』  この子は一体、今までどういう扱われ方をしていたのだろう。人間として当たり前に感じされる人からの温かさや優しさを、いつから感じることができなくなったのだろう。 『陸くん』 『はい……』 『俺、陸くんには手を出さないから』 『…………』 『信じてもらえるかは分からないけど。陸くんを助けたのは、陸くんとヤりたかったわけじゃないんだよね。ただ、助けたかっただけ』  そう言うと、陸が探るような目で哲也をじっと見つめてきた。 『だから、もうそういうこと気にしなくていいから。見返りに抱かれようとかそんなこと考えてるんだったら、止めてくれる?』  少し、不快感を出して放った言葉に、ようやく陸も自分が哲也に対して失礼な発言をしていたと気づいたらしい。慌てたように謝ってきた。 『すみません……。俺、もう、ずっと、こんな感じで生きてきたから……。俺に近付いてくる人はみんな俺とヤりたい奴ばっかりで……だから……』 『もういいって』 『哲也さんを最初からそういう奴らと一緒だと思ってしまって……ほんとに……すみませんでした』  深々と頭を下げられて対応に困った。なかなか顔を上げない陸に哲也は冗談めかして声をかける。 『陸くん。いい加減、顔上げないと、俺の気が変わるかもよ?』  すると、陸は慌てて顔を上げて哲也を見上げた。その妙にあたふたとした顔に哲也は思わず吹き出した。そんな哲也を見て、きょとんとしていた陸もやがて釣られるように笑顔になった。その笑顔は、心からの陸の笑顔だった。  で。結局俺はその約束を1年ぐらいで破ることになるわけだけど。  雨の音を聞きながら、哲也はふっと1人で笑った。ラーメンの後にちびちびと飲んでいたビール缶に手を伸ばす。  あの1年は結構きつかった。言ってしまった手前、もちろん陸には手を出さなかったけど。  最初から哲也好みの顔だったのもあるし、一緒に暮らし始めてますます陸が可愛くなって、気づいたら惚れていた。目の前にいるのに触れることを我慢するのはかなり根性の要ることだった。  ただ、陸を傷つけるのは避けたかった。きっともう十分傷ついていただろうから。  そんな哲也の我慢が功を奏したのかなんなのか、陸の哲也に対する信頼度は増してくれたようで、半年も経つころには、陸は哲也には何でも話してくれるようになったし、明るくもなっていった。  2人の関係が始まったのは哲也からではない(邪な感情があったのは自分の方が先だとは思うが)。  一緒に暮らし初めて1年ぐらい経った時に、陸に迫られて簡単に落ちた。いや、だって。抱き付かれて上目遣いで目をウルウルさせて、『だめ?』なんて言われたら。  拒めるわけないよな。  どさっ、とソファの上に勢いよく寝転がった。見慣れたクリーム色の天井を遮るように構えているファンの羽をぼんやりと見上げた。 陸が出て行ってから、こんなに陸とのことを色々と思い出したのは初めてだった。もちろん、原因は栗原から聞いた件だってことは分かっていた。  1缶しか飲んでいなかったが、疲れもあってかアルコールが軽く回って頭が重くなってきた。哲也はそのだるさに身を委ねて、ゆっくりと目を瞑った。

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