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第10話
「ずっとこうしたかった……」
どれほどそうしていたのかわからない。永遠とも思える時間が過ぎた頃、ぽつりと呟く声が落ちてきた。
「君が俺と――狼の俺と、出会ったといった日、次からあそこへ行くのはやめようと思った。君が探して回るのは目に見えていたしな。でも気付けばそこにいた。……ユキの嬉しそうな眼差しを求めて」
僕が答えられずにいると、ルドルフは顔を上げて苦笑のような笑みを向けた。
「俺があの場所に毎月いたのも、君と同じ理由だ」
会いたかった。それだけの理由。
改めて考えると妙な話だった。職場で顔を合わせる仲なのに、互いを騙して密会していたなんて、笑い話だ。
僕は霞む目元を拭った。
「初めから言ってくれれば、こんな面倒なことはしなくて済んだのに」
「言えるかよ」
彼は小さく毒づく。
「この体質のせいで周りからは気味悪がられてた。もちろん隠してはいたが、タイミングが悪いとね」
何気ない調子で言う彼の瞳には暗いものが過ぎっていた。
彼の子ども時代を想うと胸が痛んだ。怪我を押してまで機関に預けられるのを拒んだのはそれが原因なのだろう。
彼は少し躊躇った様子を見せた後で、続けた。
「いくら君がオオカミ好きでも、それとこれとは話が別だろう。大切な友人を失いたくなかった」
僕はルドルフを見上げた。目を逸らした顔には苦痛が滲んでいた。その瞳の中に葛藤が揺れる。それを受け止めたかのように、僕の胸にも苦痛が広がっていく。
僕は彼の首へ両手を伸ばし、引き寄せてキスをした。ルドルフの身体が驚きに固まる。
「お前はわかってない。僕がどれだけ狼が好きか」
彼を引き寄せたまま、その柔かい唇へ囁く。ほとんど聞こえないくらいの音量で。
「それ以上にどれだけルドルフ・ハーゲンを愛しているか」
「ユキ……」
ルドルフはいつも僕を支えてくれていた。今度は、僕が返す番だ。
顔を引くと、揺らぐ双眸へ微笑んだ。
「諦めろよ、僕の手から逃れられる狼なんていないよ」
微笑み返す彼の瞳は、水面に映る月のように金色に輝いていた。
完
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