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第9話

 肌をさする優しい感触に、僕は目を覚ました。ぼやける視界の中で影が動く。次第にクリアになり、次の瞬間にははっきりと覚醒していた。 「ルドルフ――?」  僕の声は掠れて不確かだった。無意識に彼の頬へ手を伸ばす。 「ああ。君の目は正しい」  彼は今にも笑い出しそうなのを堪えているようだった。よほど僕が唖然とした顔をしているのだろうが仕方ないだろう。 「どうしてここに……」  と呟いてはっと思い出す。 「オオカミ……」 「ああ、あれは俺だ」  僕は数回瞬きする。  朝からそんなジョークを投げられても、すぐには対応できない。僕は口を開いたまま、何とか頭を整理しようとしていた。  そんな僕に向かって、ルドルフは無情にも付け足した。 「満月の夜に狼に変身する、狼男だよ」  僕を見据える彼の顔は笑っているが、どこか傷ついたように歪んでいた。  僕は慎重に彼の瞳を覗き見た。透き通った淡褐色の瞳。あのオオカミと同じ……  逡巡して、僕は勢いよくシーツを捲り上げた。  冬の朝の冷たい空気が身体を切り裂く。ルドルフは白い肌を露わにして、裸だった。――下腹部以外は。  程よく筋肉の付いた、均衡のとれた身体にすべての意識を奪われるが、無理やり頭から振り払った。  白い包帯の上から創傷部をそっとなぞる。ルドルフは抵抗するように身を縮めた。 「痛むか?」 「くすぐったい」  彼の声は半分笑っていた。僕は仕方なく微笑を洩らしながらも、頭の中は混乱していた。ここに傷があるということは、本当にあのオオカミはルドルフ…… 「それよりも、そう煽られると耐えられない」  不意に危険を孕んだ低い囁きを聞いたかと思うと、次の瞬間には彼に組み敷かれていた。 「ルドルフ……!」  僕は何とか絞り出す。 「助けてもらった礼だ」  囁くように落とすと、彼は唇を重ねた。驚きに身体が強張る。  彼は啄むようなキスを繰り返す。僕の緊張を解きほぐすように。  甘い、柔らかな感触が、僕の警戒心を解いていく。  僅かに緩んだ唇からルドルフの舌が侵入してきて、僕は思わず呻いた。熱い吐息が零れる。さっきまでの冬の寒さはどこへやら、すでに二人分の体温で暑いくらいだった。  唇を離すと、ルドルフはそのまま額を僕の額へくっつけた。穏やかな呼吸が二人の間を埋めていく。彼の存在を傍に感じながら、僕は目を閉じる。  脳裏に狼の姿を重ね合わせていた。柔らかい毛並み、美しく鋭い瞳。僕が焦がれてやまない狼。

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