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第13章

楓はコンロの横の小さな冷蔵庫から鍋を取り出し火にかける。更に腕を捲り野菜をリズミカルに刻んでいく。 豊高は手慣れた手つきに驚いていた。 あっという間に夕食が出来上がる。 テーブルにトマトのサラダ、ソーセージと野菜がたっぷり入ったコンソメスープが並んだ。 「米は?」 豊高が何の気なしに聞くと 「切らしている」 と簡素な答えと斜めに切られたバケットが出された。 豊高はこのやり取りの中で思い当たる節があった。 彼と、話したことがなかったか、と。 ふと思い浮かんだ答えは 「食べな」 という楓のひと言に消された。 手を合わせ、楓はスープを一口啜る。途端、彼は真顔になった。 豊高は楓の顔とスープを代わる代わる見て何事かと考えを巡らせる。やがて楓は言った。 「・・・・・・美味い」 「自分で言うかっ!」 豊高は思わず吹き出した。 「何?て・・・天然?」  肩を震わせる豊高を見て、楓はふっと微笑んだ。 「笑った」 「・・・え?」 笑っていたのか、と豊高は思った。 すると、親に蔑まれて殴られ雨の中を飛び出したこと、体調も気分も最悪だったこと、なのに、自分がこうして笑っていることが妙に可笑しくなり、豊高は声を上げて笑った。 その途端、ギュウウ、と腹の虫が鳴き、ますます笑いがこみ上げてきた。 しかし静かに食事を続ける楓を見て急に気恥ずかしくなり、自分も手を合わせ楓の料理に手をつけた。 味は素晴らしくよかった。豊高は久しく満腹になるまで食べた。 夕食が済むと、座っていていい、とだけ言い残し、楓は部屋を出て行った。 気がつけば、掛け時計は22時を回っていた。 豊高はそんなはずないと飛び起きる。 跳ね起きたことで、豊高はいつの間にか眠ってしまっていたことに気づいた。 体を起こすとふかふかの毛布が背中でずり落ちる。 テーブルにはメモが残され、風呂場の場所と、好きな部屋を使っていいとの旨が記されていた。 流れるような書体に、文字まで整っているのか、とぼんやり思い、毛布を再び羽織ると、豊高はテーブルの上で寝入ってしまった。 朝になると、このキッチンには朝日が差し込むらしい。強い光がちらつき目が覚めた。 「おはよう」 顔を上げると楓が微笑んだ。 「・・・首痛てぇ」 豊高は顔をしかめてうなじをさすった。焼けたパンの匂いがする。そして紅茶の香りも。 「食えるか?」 「・・・・・・」 半分寝ぼけた豊高の代わりに腹の虫が答えた。 楓は分厚いトースト、目玉焼き、ベーコン、レモンとオレンジの蜂蜜漬けの乗ったプレートを豊高の前に置く。豊高は黙々と食べ始めた。 「・・・・・・美味い」 食べながら豊高はぽつりと漏らす。 トーストも目玉焼きも温かい。胃袋だけでなく胸の中にも温かいものが溜まっていく気がしていた。 誰かと食事をして、誰かと過ごして温かい気持ちになったことがあっただろうか、と考えた時、豊高はなぜか酷く胸が痛んだ。その気持ちに蓋をするように、豊高はがむしゃらに朝食を詰め込んだ。 満たされた感覚の中でぼうっとしていると、妙にくつろいでいる自分に気づいた。 そうだ、と豊高は思う。 今更ながらこの間の出来事、家に連れ込み襲われかけた事を思い出す。またふつふつと猜疑心が湧いてくる。楓は豊高に背を向け、食器をふきんで拭いていた。 「俺、帰る」 楓は振り向いた。 「メシ、うまかった。あと、色々世話になって・・・」 豊高は立ち上がる。 楓は手を拭きながら豊高に近づく。豊高は何かされるのでは、と身構えた。 しかし、楓は豊高の横をすり抜け、ドアノブにかかった傘を持ちドアを開けた。 豊高はそそくさと靴を履き、外に出ようとする。 と、唐突に、楓に黒い傘を渡された。 「今日晴れてるじゃん」 草の上で露が輝く、とびきりの晴天。 しかし豊高は少し考えた後、 「いや、・・・・・・借りるよ」 と傘を受け取った。そしてくるりと背を向けて歩き始める。 「ちゃんと、返すから」 去り際の小さな声でも楓に届いたらしく、いつでもいいと口角を少し吊り上げた。 豊高は掌をひらひらさせて応えた。 どんな人間か見極めたい 借りをつくりたくない まだ信用できない けれども、だからこそ ーーーーーー楓のことが、知りたい。 そんな複雑な感情を抱えながら。

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