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第14章

豊高はその後、制服と荷物を取りに帰ってから登校した。 両親はすでに家にいなかったが、母親からの夥しい着信とメールが携帯電話に残されていた。 豊高は友達の家に泊まった、とだけ返した。 「おい、立花起きろ」 ハッと顔を挙げると中年の男性教師が頭上から睨みを効かせていた。 授業中にも関わらず眠っていたらしい。 座ったまま眠っていたためか、ひどく体がだるく熱を持っている。 喉が張り付き、すいません、という一言も出ずぺこりと頭を下げる。 教師は小さく文句をいいながら黒板の前に戻った。そして針金のような体を震わせ、滑舌がよくない、嗄れた声で授業を続ける。 丁度、教室の天井に取り付けられた扇風機が低く唸るのに似ていた。 昼下がりの熱気を孕んだ生ぬるい空気と抑揚のない低い音は、生徒たちの眠気を誘う。 豊高はまた目蓋が重くなっていくのを感じた。 帰りのホームルームになっても、豊高は眠りこけていたらしい。 クラスメイトたちはくすくす笑い、豊高を見ながら教室を次々に出て行く。 豊高は熱く重くなった目蓋をこじ開け、まだふらつく足で部室に向かった。 ただ、家に帰りたくなかったのだ。 部室に行くと、石蕗がいて、「また来たのか、えらいじゃん」などと声をかけてくるのが少し煩わしい。 というような想像をしていた豊高は、石蕗がいない部室に少々拍子抜けし、石蕗に会うことにどこか期待を抱いていた自分に恥ずかしくなった。 部屋の中では、あの時と同じようにだれも豊高を気にせずパソコンの画面や問題集に向かっていた。 豊高は、それでも一瞬躊躇したが、部室に入り周りに人がいないスペースを選んで座った。 背もたれに全体重を預け、何気なく天井を見つめる。天井に等間隔に開けられた小さな通気孔を凝視するうち、ふるふると動いているように見えてきた。 酔いそう、と思い視線を戻すと、 石蕗が隣に座っていた。 目が合うと、よっ、と小さく声と手を挙げて挨拶された。 豊高は安堵と疎ましさの混じったため息を吐いた。 石蕗はむっとした様に、しかしふざけた調子で 「やる気がないやつは帰れ」 と言った。 「・・・・・・帰りたくない」 「なんで?」 「・・・・・・なんとなく」 「あーわかるわかる。なんとなく帰りたくない時ある」 石蕗はいたずらっぽい声で応えた。 「違・・・やっぱいいや」 「んー?そっか」 石蕗は穏やかに笑みを零し、明るくなったディスプレイに顔を戻す。長い指がキーボードを跳ね回る。マウスをすっぽり包み込む手は大きくがっしりしている。 その手に自分が触れられたら、と空想する。 カタカタと規則正しく刻まれる音は心地よく、意識が遠のいて行き、体は机に沈んでいった。 「おい、立花起きろ」 デジャヴを感じながら豊高が目を覚ますと、少し心配そうな石蕗の顔が頭上にあった。 「お前、体あっついぞ、大丈夫か? ポカリ飲むか?あ、ウーロン茶しかないわ・・・」 「んー・・・いいッス」 「部活終わったから、ほら早く帰れ」 帰れ、という言葉に豊高の瞳が揺れる。 唇がきゅっと結ばれた。 石蕗もなにか察したようだったが、 「いいから帰れよ、なっ。喧嘩か?んなもん部屋にこもっときゃいいって」 となだめる。 豊高は根負けしたように目尻を下げ、こくりと頷いた。石蕗はほっと表情を緩め、豊高とともに部室を後にする。 少々心配しながらも、石蕗は自転車置き場で豊高と別れた。 豊高は、家とは反対方向に歩き出した。 どうしても、帰りたくなかった。ただの意地である。 熱い身体を引きずりながら、コンビニや公衆トイレ、駅の中のベンチなど休む場所を探しながら小さな町をぐるぐると彷徨った。 しかし、日が落ちると流石に限界がきた。 息があがり、全身が脈打ち熱を放出し続ける。 もはや横になることしか考えられなくなった豊高は、学校に戻り一夜をすごすことにした。 まだ職員が残っているはずだ。見つからずに入れさえすれば・・・。 そんな短絡的な思考に陥った豊高は鉛のように重い体を必死に駆動させた。 校門の前に来た時、職員室の灯りはまだ点いていた。 豊高はホッとする。 しかし、目の前が急に明るくなる。右手側が眩しい。 放射状に広がる光の後ろに、人影が黒く佇んでいた。 しまった、警備員だ、と豊高の背中がぞくりとする。 「なにやってんの?お前」 人影が近づき、顔があらわになる。 「・・・・・・センパイ」

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