33 / 48
第32章
1人になれたことや慣れ親しんだ匂いに少し落ち着く。しかし、両親の存在や、自宅であるが故、ここ以外に戻る場所がないことの閉塞感に息が詰まりそうだった。
一人暮らししたい。
豊高はふと思った。
だが、どう部屋を探せばいいのか、1人で家事をしながら学校に通えるのか、両親の了解は得られるのかとぐるぐる考えていると、それだけで徒労を感じ考えるのを辞めた。
頭の回転がよく常に思考が溢れかえるほどだったが、疑問を感じると頭の中だけで合理的な考えを見つけ自己解決し、また、行動として表に出さないのが豊高の悪い癖だった 。
気怠くなりベッドに仰向けになった。課題はあったが手を伸ばす気になれない。しかし、背中にじりじりと焦燥感や危機感が這い寄り、どうにもじっとしていられなくなった。
のそりと体を起こし鞄を漁る。
ノートを引っ張り出すと少し端の折れた情報処理検定の申込用紙が出てきた。検定の料金は小遣いから捻出するには痛い出費であった。
豊高は母親の様子を見に行った。
台所からは水音が聞こえる。洗い物をしているようだ。申込用紙を手に台所に入ると、やはりエプロン姿の母親が皿や茶碗の泡を洗い流しているところだった。
「あのさ、」
水音に消されない程度の声で、母親に話しかける。すると、不思議そうに振り向いた。
「なぁに?」
眉間にシワを寄せ、何処かビクビクしていた。いつもの姿だ。
「さっき、」
「何でもないの」
虚ろな目で、唇を閉ざした。
豊高は子ども扱いされているようで苛ついた。
「俺には関係ないっての?」
強い口調に母親の肩は小さく跳ねた。
「・・・・・覚悟、しておいてね」
ぼそぼそと呟いた声は思いの外重く、背中がぞくりとした。
「うん」
なるべく平静を装い、頷いた。
「それ、なに?」
母親の視線が豊高の手にした紙に吸い寄せられる。豊高は迷ったが、検定の申し込み用紙を無言で渡した。
母親はへえ、と呟きながら顔を近づかせ目を通す。タオルで手を拭き、椅子に置いた鞄から財布を取り出す。豊高は振込だからいい、と止めた。
「自分で払うの?」
「当たり前じゃん」
豊高は強がりを言った。
「ダメ」
珍しく、咎めるような口調だった。
「なんで?」
「お父さんに怒られるから」
豊高は目を見開く。
「学生の内は財布を出させるな、だって」
豊高にとって意外すぎる事実であり、信じられなかった。父親に、憎まれているものだとばかり思っていた。
「豊高には、昔から甘かったものね」
懐かしそうに目を細めながら、乾いた声で言った。幸せな頃を思い出しながらも、現状に絶望している様子が滲み出ていた。しかしすぐに、少し明るい声色に変わる。
「えらいわね、検定なんて。えっと」
「情報処理検定」
「えっ?なに?」
母親は表情を曇らせる。
「なんか、コンピュータ関連の」
「へぇ、授業で?」
「いや、部活で」
「部活って?」
「コンピュータ部」
「へえぇ」
母親は感心したように目を見開いた。
豊高は苛つき始めた。母親のくせに、何も知らないと。
「お父さんにも、言っておくわね。頑張ってね」
母親は微かに口元を緩めていた。豊高は仏頂面で頷いた。親子らしい会話がむず痒かった。
母親は洗い物を始めた。
心なしか機嫌がいいような気がする。
母親に嫌悪するものの、都合がいい時頼ることがたまらなく汚い行為に思え、後味が悪かった。
ともだちにシェアしよう!