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第三十話

「頼むエリック、もう少し待ってくれ」 「わるいなトーマス、正直これ以上、いつくるかわからないジャンからの知らせを待つのは無理だ」  必死に止めるトーマスに、エリックはきっぱりと首を振る。  ジャンがなんとかしてくれるという希望を胸に、毎日のように集まり稽古を続けてきた俳優達にも、2週間以上経つ頃には、不安が再び広がり、当初は皆を鼓舞してくれていたオリヴァーやダニエルも含め、皆我慢の限界にきていた。  そんな危うい状態の中、主演俳優のエリックが、ついにオーク座を止めると言い出したのだ。  案の定エリックは、宮内大臣一座から研修生にならないかと誘われていた。  トーマスの想像より好条件を出されているわけではなかったが、エドワードが逮捕され、ジャンもいない今、こちらもエリックを引き止める有効な条件を提示することができない。 「お願いだエリック、せめて後1日!ジャンからの知らせをまってくれないか!」  トーマス以外、エリックを止めようとする者が誰一人としていないのは、皆同じ俳優として、エリックの選択を理解できるからだろう。  誰の援護もないまま、エリックの足下に跪く勢いでトーマスが頼み込んでいる中、突然ロイが声をかけてくる。 「トーマスさん!」 「ロイ、悪いけど今大事な話してるから、てゆうかおまえもエリックを引き止めろよ!ハリー役がいなくなったらアリアンは成立しないんだぞ!」 「もちろんわかってます。でもまずはこれを!」  ロイが手渡してきた手紙の差出人を見て、トーマスは大声で叫ぶ。 「ジャンからじゃないか!いつ!」 「今さっきポールさんが来て、トーマスさんを呼ぼうとしたんですけど、取り込み中みたいだなってすぐに帰ってしまって」  トーマスは食い入るように手紙の内容に目を通し、俳優達も固唾を飲んでトーマスを見守った。 「嘘だろ…」  手紙を読み終えたトーマスが溢した言葉に、エリックが問いかける。  「どうした?エドワード伯爵は釈放されるのか?」 「いや」 「終わりだな、さっき話した通り俺はオーク座を…」 「女王陛下の前でやることになった」 「は?」 「御前公演…」 「なんだって!」  エリックはトーマスから手紙を奪いとり、周りにいた俳優達も一気に群がる。 「なにが書いてあるんだ!」 「エリック声にだせよ!」 「頼むエリック辞めないでくれ!お前がいなきゃ女王陛下に気に入ってもらうなんて無理だ!」  皆が口々に叫ぶなか、トーマスが縋るように懇願すると、手紙を読み終えたエリックが顔をあげ不適に笑う。 「オーク座をやめる話はなしだ」 「エリック!ありがとう!」  手紙に書いてあった内容はこうだ。 今日から三日後、ヘッドヴァン家の中央玄関ホールでアリアンの御前公演を行う。 当日の朝、オーク座に迎えの使者をよこすので、衣装など忘れないよう、全員一緒にやってくること。階段を使った演出となり、リハーサルは到着後すぐに行う。本番は晩餐会が始まる前、女王を楽しませる余興として行われる。 「女王がアリアンを気に入れば、そのまま我々も晩餐会に参加できる上に、エドワード伯爵釈放の口添えもしてくれるそうだ」  トーマスの言葉に、俳優達は歓声を上げたが、エディがふと素朴な疑問を口にした。 「でもそれってさ、女王がアリアンを気に入らなかったら、エドワード伯爵は釈放されないってこと?」 「…」  一瞬静まり返った俳優達の空気を退けるように、ダニエルが皆を鼓舞する。 「大丈夫さ!あれだけ稽古を積んできたんだ!アリアンは必ず成功する!女王陛下の前で演劇ができるなんて、とんでもなく名誉な事だぞ!これはオーク座が数ある名門劇団と並び立つ絶好のチャンスだ、なあトーマス」  前回と同様、俳優達に発破をかけ前向きにしてくれるダニエルに、トーマスは心から感謝する。  正直、女王へ嘆願すると聞いていたトーマスは、この手紙を読んだ時、チャンスは与えられたが、まだ目的が叶ったわけではないと、プレッシャーも強く感じてしまったのだ。  だが、今までなんの進展もなかった事を考えたら、女王陛下の前で御前公演という、望むべくもないことが叶ったということ。 「ダニエルの言う通りだ!とにかく、今日から3日後の本番に備えて最終調整に入ろう。 エドワード伯爵の釈放もオーク座の存続も、全てみんなにかかっている!とにかく全力を尽くそう!」  諦めかけていた気持ちが焚きつけられ、俳優達は、エドワード伯爵が逮捕された日の決意を思いだす。 「身震いするぜ」  何より、オーク座をやめようとしていた主演俳優エリックの興奮を隠せぬ言葉に、トーマスは心から救われる気持ちになる。 (アリアンのヒロインはロイだが、エリックの力なくして公演を成功させるのは不可能だ。本当にいいタイミングで手紙が来てくれた!)  トーマスはジャンからの手紙を握りしめ、気合を入れる俳優達を、頼もしく思い見つめた。

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