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第二十九話

 エリザベス女王がヘッドヴァン家へやって来てから、一日一度は必ず訪れるお気に入りの場所。  芸術というものにおよそ疎く興味のないフランシスと違い、あらゆる芸術を愛した父デイビッドが、長年かけてコレクションしてきた絵画や彫刻等、数々の美術品が展示されているギャラリーで、その言葉は告げられた。 「…というわけだフランシス、構わぬな?」  有無を言わさぬ女王陛下の言葉に、フランシスは笑顔で頷く。 「もちろん、陛下の心の安らぎになるのなら、いくらでもご協力致します」  その返答に、側にいるジャンは目を見張ったが、フランシスとてそんな短絡的に、女王の機嫌を損ねるようなことはしない。  つい昨日まで、全く女王に顧みられていなかったにもかかわらず、いつの間にここまで取り入ったのか。今朝から片時も離れず、ジャンを側に置く女王の様子は、エセックスと女王のありし日の光景を蘇えらせる。  あの頃は、姿形がいいだけの不遜で無知な若者に女王が溺れていく様を、不快な思いで見ていたが、フランシスは今、ジャンが女王に気に入られた事にほくそ笑んでいた。  これで、フランシスの目下最大の目的である、ロバートセシルの娘、キャサリンとジャンの婚約に一歩近づけた。  だが、エドワード伯爵の生殺与奪の権は、ジャンを意のままにするためにも自分が持っていた方が有利であり、御前公演は失敗に終わるのが、フランシスにとって最も望ましい。 (さて、この短期間で一体どう妨害するか…)  ジャンに向かって、楽しみだと微笑む女王の姿を横目に、フランシスは一人思考を深めた。

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