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第五十四話

『俺は、貴方が好きです…』  ジャンは一体どんな気持ちで、この身の程を弁えない男の愛の告白を聞いたのだろう?  あの告白の後、夜遅く戻ってきたロイとジャンを迎えてくれたのはアンナだった。  アンナは、このタウンハウスの所有者、レティス夫人に支えていた家政婦長が老齢で隠居することになり、その後を継ぐ者として、ジャンと共に、この家にやってくることになったのだという。    アンナもさすがに、ジャンがロイを背負って帰ってきたのには驚いていたが、すぐにロイ達を寝室へ案内し、身体を拭くラバーや清潔な寝巻きを用意してくれた。その後二人は部屋を出て行き、今この状況に至っている。  フカフカな大きなベッドの中で、ロイは中々眠りにつくことができず、数分前のジャンとのやりとりを思いだし一人身悶えた。 『なんだとロイ、おまえは恩人の言うことが聞けないのか?俺の命令に逆らうと?』  ロイは、強い口調に隠されたジャンの不器用な優しさを知っている。  ジャンに従い、その背中に身体を預けた時、まるで太陽の光が一身にふり注いでくるように、ジャンという人間の底知れない優しさと温かさがロイの中に伝わってきて、ロイは言わずにはいられなくなってしまったのだ、貴方が好きだと…  ずっと心にしまい、殺そうとしていたはずの気持ちが、口をついて出てきてしまった。 『ダメだ、俺の前から消える事も、気持ちを殺すことも許さない。家に着くまで、おとなしく俺の身体にしがみついていろ、絶対に俺から離れるな』  強くて、繊細で、誰よりも人間を慈しむことができる、本当の意味で心の優しい人。  平民の自分なんかに愛の告白をされたら、無礼だと激怒してもおかしくないのに、ジャンはあの言葉で、ロイがジャンを好きでいる事を許してくれた。それだけで、どれだけ嬉しかったか、どれだけ救われたか。  ジャンに助けられた時、ロイは、自分にキスして触れて欲しいという浅ましい欲望を自覚し、自らの罪深さを呪った。  だけど神に誓って、もう二度とそんな事は望まない。ジャンの側にいる事を許されただけで、心から幸せなのだ。そう自らを戒め、ベッドに潜りこもうとしたその時 「ロイ」  突然頭上からジャンの声が聞こえ、まさかと思いながら声のする方へ顔を向ける。  するとそこには、夢でも幻でもないジャンが、寝巻き用のシャツとズボン下を身につけただけの姿で立っていた。 「ジャン!」  驚き思わず声を上げるロイの口を、ジャンが焦って塞いでくる。 「ロイ、静かに」  そのままベッドに乗ってきたジャンに組しかれるような格好になったが、ジャンはすぐにロイから退き謝罪した。 「すまない。一応ノックはしたんだが… あんな目にあったばかりなのに、突然男が部屋に入ってきてのしかかられたりしたら怖いよな」  ジャンの自嘲的な言葉を聞き、自分がジャンに怯えていると勘違いされたのだとわかったロイは、即座に半身を起こし、必死に首を振って否定する。 「そんなことありません!俺はあなたを怖いと思ったことなんて一度もない!あなたになら俺は…」  勢いのままおかしな事を口走りそうになり、ロイは言葉を寸前でとめる。 「…気にしないでください、あなたが謝ることなんてありません」 「今何を言おうとした?」 「え?」  ジャンは、半身を支えているロイの手に自らの手を重ねると、至近距離に身体を寄せ問いかけてくる。 「あなたになら俺は…の先だ」  真っ直ぐロイを見つめるジャンの瞳の奥に、自分と同じか、それ以上に強い情欲の炎が揺らめいているように見えて、その火に連鎖するように、身体の芯が熱を持ち始める。  淫欲に囚われていく自分をはっきりと自覚しながら、何も答える事ができず、ただただ魅入られたようにジャンを見つめていると、ジャンは、ロイにゆっくりと顔を近づけキスをした。  恋する人と互いの唇が触れ合う、初めてのキス。アリアンで恋人同士を演じた二人は、舞台上で何度も口付けをしたが、本当に唇が触れた事は一度もなく、ロイは夢見心地の感動に酔いしれる。  重なり合った唇が束の間離れ、二人の視線が絡みあうと、まるでそれが合図だったかのように、ジャンは無言のまま、何度も角度を変えロイの唇を啄み、ロイを再びベッドに組み敷いた。  無意識に入っていた身体の力が、ベッドに横たわるとともに抜け、ジャンのキスは更に深まっていく。呼吸を忘れ、少しの息苦しさを覚えたロイが、口付けの合間に吐息を漏らした次の瞬間、微かに開いた唇の隙間から、ジャンの舌が入ってきた。  ロイは、ジャンの舌をおずおずと受け入れながらも、舌がうごめくたびに耳の奥から響いてくる淫靡な音と、まるで、舌先と身体の芯が繋がっているかのように、下腹部に伝わってくるジワジワとした快楽に、自然と涙が滲んでくる。  ロイの涙に気づいたジャンが、唇を離し気遣うように言った。 「ごめんロイ、嫌だったか?普段はこんながっついていないんだが、お前が相手だとダメだな俺は…」  違う、嫌だから涙が出たわけじゃない。なのにそう言えなくなったのは、ジャンが何げなく発した普段という言葉が、ロイの心に引っかかってしまったからだ。  自分はジャンが好きだ。だからその手に抱かれ、キスされる事を望んだ。今だって不安な心と裏腹に、身体の芯は浅ましく疼き、もっと自分に触れて欲しいとジャンを求めている。  でも、ジャンはなぜ、自分にこんな事をしてくれるのだろう?   『リリー、そんな深刻に考えなくていいのよ。 身分の高い男達が妻以外に愛人を持つのは当たり前の事だし、彼らはセックスをとてもカジュアルに捉えているわ。もちろん私も、ジャンと同じ考えよ』  ロイはふと、高級娼館でイザベルと交わした会話を思いだし、ジャンかなぜ、こんな風に自分に触れてくれるのか理解する。 「もう、十分です…」 「え?」 「貴方が優しい人だということはわかってます。だけこんなことまでしてくれなくていい。 俺には、身分の高い人達の感覚はわからない。こんなふうに触れられたら、俺は、貴方も俺の事を好きなんじゃないかと勘違いしてしまう」  言いながら、ポロポロと涙が溢れてきて、ロイは目元を両腕で隠すように覆う。しかし、ジャンはロイの腕を掴み、驚くほど強引な力で顔から引き離した。 「待ってくれロイ!急に何を言ってるんだ? 好き以外に!おまえにこんな事する理由があるわけないだろう?」  頭の中で、イザベルの言葉と、目の前にいるジャンの切羽詰まった声が混濁する。ジャンを見上げ、その言葉の意味を理解した途端、ロイは信じられず首を振った。 「…うそだ」 「嘘じゃない!」 「でもイザベルさんが、身分の高い男にとってこうゆう事をするのは…」 「なんで今イザベルが出てくるんだ!」  声を荒げた後、ジャンはバツが悪そうにしながらも、真剣な声で謝ってくる。 「ごめんロイ、イザベルの言っていた事も、自分が今までしてきたことも否定できない。 だけど、おまえに対しては違うんだ」  そしてジャンは、意を決したようにロイに告げた。 「ロイ、俺はおまえを愛している。 おまえはちゃんと言葉にして伝えてくれたのに、何も言わず不安にさせて悪かった。 おまえが好きだ、ロイ。ずっとこんな風に、おまえに触れてみたかった。愛してるからおまえを抱きたいんだ、ロイ」 (これは、夢だろうか?)  とても現実とは思えないのに、その言葉は揺るぎない真実として、ロイの胸に響いてくる。  この声を、この瞳を、ロイは知っていた。ヘッドヴァン邸でたった一度だけジャンが演じた、アリアンに永遠の愛を誓うハリー。  でも今ジャンは、ジャンとしてロイに、愛の告白をしている。熱のこもった瞳でロイを見つめ、痛いほど真剣に愛を伝えてくれている。 「俺も…貴方を愛しています」  ずっと抑えつけてきた恋心が解き放たれ、ジャンへの愛しさがとめどなく溢れてくる。  ロイの中にあった罪悪感も、神への信愛すら形を潜め、ロイにとって今、ジャンこそが唯一絶対の存在になったのだ。 「ロイ…」  互いを求めることになんの躊躇いもなくなった二人は強く抱き合い、深い口付けを交わす。  濃厚に舌を絡ませながら、ジャンはロイの身体を愛撫し、キスしていた唇を、ロイの首筋から胸へと辿っていく。その舌先がロイの胸の先端を捉えた瞬間、ロイの身体はビクリと波打った。  舌と唇で嬲られていくうちに、自分の中心がみるみる固く熱を帯びていくのがわかり、ロイは思わず太ももを閉じそうになったが、ジャンはそれを許さない。  ベッドに入る時ホーズを脱いでしまったため、長いシャツの下は何も身につけておらず、ロイの熱を持ったそこに、ジャンの手が直接触れてきた時、ロイは羞恥心にかられ、思わずジャンの手首を掴んだ。 「ジャン、そこは触らないでください」 「どうして?」 「ごめんなさい、俺…」  頭の中が混乱して、うまく言葉にできない。触れて欲しいのに、触れられるのが怖い。   「大丈夫、俺も同じだから」  ジャンはロイに掴まれた手を握り返し、自らの下腹部に導いていく。ジャンのそこは、ロイ以上に立ち上がり、ロイの手が触れると更に大きくなるのがわかった。 「ロイ、好きな人に触れられたら、こうなるのは当たり前のことなんだ。恥ずかしがる必要なんてない」  ジャンは再びロイの下腹部に手を伸ばすと、その先端から根元を、大きな掌と指で撫でるように上下に扱き、ロイの唇にキスをしてくる。  ロイは、生まれて初めて経験する、あまりにも強い刺激に恍惚となり、何も考えられなくなった。 「ん…あっ…」  次第に響いてくる濡れた音と、意図せず漏れてしまう嬌声。さっきまでロイ苛んでいた羞恥心は消え失せ、ロイは本能のまま、その快感を追い求めることだけに夢中になる。  昇りつめていくような快楽が頂点に達し、頭の中が真っ白になった次の瞬間、ロイは初めて吐精をした。ハアハアと息をしながら身体を震わせ、自分の腹とジャンの手を汚すそれを見た時、ロイはようやく我にかえる。 「ごめんなさい!俺…」 「初めてか?」 「…ッ」    恥じらい口籠るロイの姿を見て、肯定と受け止めたのだろう。 「いい子だ。俺がいない間も、オリヴァー達に悪い遊びを教わらなかったんだな。おまえの初めて、全部俺のだ」  ジャンの無邪気に喜ぶ笑顔がたまらなく愛しくて、胸がいっぱいになる。  ふとジャンのシャツの隙間から覗く逞しい胸から下腹部へ視線を落とすと、ジャンのそこが、きつく立ち上がったままである事に気がつき、ロイはそっと自らの手で触れる。 「してくれるのか?」  ロイが素直に頷くと、ジャンは、体重が乗りすぎないよう腕で支えてロイの上に被さるようにしていた身体を、互いが向き合うように、ロイの隣りに横たえた。ロイは、ジャンが自分にしてくれた動きを真似、ぎこちなく扱き始める。 「上手だ」  揶揄うような声に少しだけムッとしたが、今は、自分もジャンにしてあげたい気持ちの方が強い。少しの間、されるがままだったジャンは、ロイの背中にまわしていた手をロイの胸の先端に移動させ、指で転がすように弄りだす。  ロイが咎めるように涙目で睨むと、ジャンはロイの吐精したばかりのそこに触れてきた。 「ジャン、今は俺が…ッ…」 「ごめん、可愛いくてつい」  口では謝りながらも、ロイ自身に触れる手はそのままに、ジャンのそこを扱くロイの手に自らの手を重ね、一緒に刺激を与え続ける。  また自分だけ吐精してしまうのが嫌で身悶えるロイの唇に口づけし、ジャンは優しく言った。 「我慢しなくていい、ロイ、愛してる」  その、官能的な色気を纏うジャンの声に、ロイは平伏し降参する。なんの経験もない自分が、所詮、ジャンに敵うはずなどないのだ。  ロイはジャンの手に翻弄されるまま、2度目の精を放ち、それから少し遅れて、ジャンに重ねられ動かしていたロイの手に、ジャンも吐精した。  いった余韻に息を切らしていると、ジャンが優しくロイの頬にキスをしてくる。 「今日は、ここまででいいよロイ」  耳元で囁かれるだけで、ビクリと身体が震える。ジャンは、そんなロイの髪を愛しげに撫でながら尋ねてきた。 「ただ、次に抱く時はこれだけじゃ済まないかもしれないけど、大丈夫か?」  きっと自分の拙さが、ジャンにこんな発言をさせてしまうのだろう。ロイとてもう幼い子どもではない。ジャンの言葉の意味はちゃんと理解している。   「大丈夫です」 「ありがとう、ロイ」  ロイの返答に、ジャンは嬉しそうに笑い、二人は幸福な空気に包まれながら、互いの身体を密着させた。と、ジャンの胸に頬を寄せ俯いた先に、再び形を変え出すジャンのそれが目に入り、ロイは思わずジャンを見上げる。 「わるいロイ、気にしないでくれ、本当に俺は、おまえ相手だと性を覚えたばかりのガキみたいになってしまう」 「あの、もう一度俺が…」 「大丈夫だ、そのうちおさまる。それに、また煽られたら俺は、おまえの手だけじゃ我慢できなくなるから」  ジャンの欲望を湛えた声に、淫欲の熱が再び身体を駆け巡るような感覚と不安が混ざり合って、ロイは自分がどうしたいのかわからなくなる。  するとジャンは、ロイの額にキスをして優しく言った。 「心配するな、急がなくても、これから少しずつ、心も身体も深く繋がっていければいいんだ」 「…はい」  ジャンの思いやりが、ロイの心を柔らかくとかし、ロイの瞳は知らず知らずのうちに歓喜の涙で潤んでいく。ジャンはそんなロイを見つめたまま、今度は真剣な口調で語り出した。 「それから、おまえも十分わかっていると思うが、俺達が恋人同士になった事は、誰にも言うことはできない。劇団の仲間にも、友達にも、もちろん、家族にも…」 「…」  ロイは、ジャンが口にする現実を粛々と受け止め静かに頷く。  幸せに目が眩んで忘れてしまいそうになっていたが、自分達の関係は、神にも、家族にも、決して祝福されるものではない。母やソフィにすら、真実を告げる事は絶対にできないだろう。 「だけど俺は、おまえとの愛を守るためならなんだってするつもりだ。だから、これから先何が起ころうと、ずっと俺の側にいてくれるか?」  未来への不安で心を覆いそうになった暗闇が、まるでプロポーズのような、ジャンの揺るぎない決意を込めた言葉で、一瞬にして振り払われる。 (この人は、どこまで真っ直ぐなんだろう 俺との関係なんて、ただの遊びと逃げる事もできるのに…)   「はい…俺はずっと、貴方の側にいます」  幸福も愛も、時に一瞬にして壊れてしまうことを、ロイは知っている。それでも、二人の心が繋がった奇跡のような今この時を慈しみたくて、ロイは一生、ジャンを愛すると誓ったのだ。  二人はきつく抱きしめ合い、眠りにおちていく。愛する人の温もりを互いに感じながら、永遠という幸せを夢見て

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