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エピローグ
卒業式から毎年ここを訪れ、二年経った今日が約束の日。
ここで哀しそうな先生を見てから四年が経つ。
あの時芽生えた恋心は二十歳になった今も、僕の中でしっかりと変わらず息づいていて、手の中にあるこの絵と共に僕は先生をずっと待った。
今日もすみれの香りが強いなと、目を閉じて風を感じていると……あの懐かしい油絵の具の匂いが微かに鼻につく。
そして気配にゆっくりと目を開けると、約束通り南先生は僕に会いに来た……
「菫谷……」
「おかえりなさい……」
「来てくれたんだな……ありがとう」
先生を見た途端に視界が滲んで、そんなつもりはないのに涙が堰を切ったように溢れ出す。
「おい、再会して早々泣くなよ」
「だって……二年間どんな想いで……」
「分かってる……ごめんな、待たせて」
そんな、涙でぐちゃぐちゃになっている僕にそう小さく呟くと、先生は僕をゆっくりと引き寄せた。息が触れるくらいまで距離が近づき、目を閉じると同時に僕の唇はその温かさで包まれる。
「……やっと堂々と言える……優、俺はお前のことが好きだ……あの頃からずっと……好きだ」
キスの合間に初めて下の名前を呼ばれ、好きだと告げるその唇は微かに震えているようで、そんな先生をとても愛おしいと思った。
「……僕も南先生のことが好きです、ずっとずっと好きでした」
「お互いやっと言えたな」
想いを伝え合えるのがこんなに幸せだと感じたのは生まれて初めてだ。
嬉しさから目を閉じているのに瞼の裏側を伝って、涙が溢れ出る姿に先生が「泣き虫」と優しく呟く声が聞こえた。
「なぁ、菫谷? 俺さ、すみれって大嫌いだったんだよ」
「……え?」
それから突然先生はそんなことを言い出すと、僕がずっと気になっていた、あの哀しそうにしていた理由を自ら話してくれた。
それは、元恋人はすみれが好きでよくその絵を描いていて、それで自分も一緒に絵を描くようになったのだとか。
それからあんなことがあって、すみれを見ると当時を思い出して辛く……だから、ここに立つと色々思い出して次第にすみれが大嫌いになったらしい。
「でも、お前に出会ってから大嫌いだったすみれが大好きになったんだ」
「どうして……」
「お前、すみれの花言葉って知ってるか?」
「確か、誠実とか謙虚」
「そう。それで、菫谷の名前に菫って字が入ってるだろ? それもあってか、お前ってすみれの花言葉みたいな奴だなぁってずっと思ってたんだよ」
「僕は誠実でもなければ謙虚でもないですよ?」
「そんなことないよ。控えめながらも、お前はずっと俺に寄り添っていてくれたじゃないか……飯の心配してくれたり、俺への気持ちもずっと我慢して。それに二年も待ってくれた。だから、お前を見ていたら昔の恋が癒えるようにすみれが好きになったんだ」
「先生、褒め過ぎですよ」
「せっかくもう我慢しなくてよくなったんだから別にいいだろ? 俺にとってお前は、優しく寄り添ってくれたすみれのような存在なんだ。だから、菫谷優って名前はお前にぴったりな名前だなぁってずっと思っていた」
そう言って笑う先生はとても幸せそうで、この人を好きになってよかった……と、そう強く強く実感する。
「南先生?」
「なんだよ」
「南……純平……さん?」
「な、なんだよ急に」
「別に、呼んだだけです」
名前を呼べば当たり前のように返事が返ってくる。
そんな『小さな幸せ』を噛み締めながら、そういえばこれもすみれの花言葉だったと……
僕はゆっくりと思い出し、その幸せに触れるように――――もう一度その名前を呼んだ。
END
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