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第9話

『――――菫谷へ お前が今これを読んでいるということは、無事に卒業式は終わったんだよな。 まず、こんな形でお前に全てを打ち明けることになってしまって申し訳ない……ごめんな。 本当なら卒業式の後に直接話をする予定だったんだが、予定が狂ってしまったんだ。 だから、これから話すことは全て直接話す予定だった話で、それは嘘偽りないことだというのだけは分かってくれ。 最初に休職のことだけど、実はこの話を貰ったのは結構前で、正直ずっと迷っていた。でも一度きりの人生ならやれることはやろうと受けた。ちょうど菫谷と一緒に飯を食った頃だったかな。その頃から俺はお前を意識するようになっていたみたいで、休職の決断をする時に迷ったのはお前のことも関係してた。それから、お前が休職のことを黒川から聞いて準備室に来た時……』 (あの頃すでに先生は……) 思いもよらなかった告白に涙で便箋の文字は滲み、震える手で二枚目を捲る。 『……その時にお前が俺に気持ちを向けて来た時はびっくりはしたけど薄々は気づいていたし、言われて嬉しかったのも事実だった。でも、俺達には生徒と教師という見えない壁がある、これは絶対に越えてはいけない。だから本来なら応えないのが教師として正しいことだ。 前に、喧嘩別れした恋人の話したよな? そいつを引きずってて、ずっと一人でいようと思っていたのは本当だった。けど、菫谷と一緒に飯を食って色々話をして距離が更に縮まって、お前の良さを目の当たりにする機会が増えると……徐々に、俺はお前に惹かれて行ったんだ。 それであの日、菫谷からの想いに我慢出来なくなった俺は越えてはいけない壁を越え、お前にキスをした』 (自分勝手にも程があるだろ。我慢出来なくなって……とか、大人のくせに狡い) 『キスをすることでお前を混乱させてしまうと思ってその場で全てを打ち明けようとしたんだけど、言ったらもう歯止めが効かなくなりそうで必死にそれ以上はと我慢して、卒業式の後に話すと言ったんだ。しっかりしてる菫谷のことだから、こんな俺のことを今読みながら自分勝手で最低だと思っているんだろうな』 (分かってるならどうしてキスなんかしたんだ……それに僕は先生が思っているほどしっかりなんてしてないのに) 先生は物凄く自分勝手で物凄くお人好しで、そんな先生を最低だと思うけどやっぱりこの人が好きなんだと自覚すると涙は更に溢れた。 『それと、あのフライングしてお前が見てしまった絵だけど……今ここにあるよな? 』 隣りにあるキャンバスに一度視線を移して、すぐに便箋へと視線を戻す。 『この絵は校舎裏のすみれ畑だ。そして一緒に描いてある人物は俺と菫谷。この絵を本当は今日、卒業祝いにプレゼントするつもりだったんだ……それに、俺がいない二年間この絵と一緒に待っていて欲しいと言うつもりだった』 (二年……二年も帰って来ないのか……) 二年という数字ではっきりと突きつけらた現実に再び胸が苦しくなった。 『本音は菫谷を連れて行きたい。だけど、お前も大学があるし、何より俺の我儘で連れて行くわけにはいかないと思った。 お前はまだ若い……だから、もし……もしも二年なんて待てないと言うならそれでも構わない。 だけど俺は二年経ったらお前に会いに行く。二年後の今日、校舎裏のすみれ畑で待ってるから……もし、待っていてくれるなら来て欲しい』 そして、長かった手紙の最後の最後に…… 『菫谷、卒業おめでとう……色々自分勝手でごめんな……行ってくる。南 純平(みなみ じゅんぺい)』 と、書いてあった。 先生の名前が書かれた便箋の上にぽたぽたと涙が落ちてそこが次第に滲んでいく。 ちょっとぶっきらぼうだけど丁寧に書かれた名前。 それを見つめながらゆっくりと指先でなぞると…… 「南……純平……」 そう僕は、先生の名前を初めて口に出して呼んだ。 ……呼びかけに返事が返ってくることなんてないのに。 分かってるのに何度も何度も呼んで、僕はこの現実を必死に受け止めた。 **

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